いみこいと


ワーム共闘



 あの人が、何かいい方の部類にいないのは理解していた。彼が呼び出した魔物たちが学園を陵辱して行く。僕にはなんの術もない。ただ、ただ、逃げていた。
 くだらない投票の後、また集合させられた僕たちの前にその魔物は現れた。先生の指先が動くたびに増えるそれらを見た生徒たちは散り散りに逃げ始め、僕もそのうちの一つになったのをよく覚えている。空の国へ討伐にいった生徒たちの帰着は遅れていると噂を聞いた。もう、なにがなんだかよくわからなかった。
 僕には無理だ。まだ戦えない。どれだけ、力をつけても、表にでなさすぎた。僕は役に立たない。逃げることしか、できない。
「あ……」
 見知った姿を見つけた。いつも僕に世話を焼いてくれる人。なぜか、いや、理由はものすごくよくわかっているけれど、安堵して彼女へと駆け寄ろうとする。そのとき。
 僕と彼女の間の地面が割れた。
「お下がりください!」
 尻餅をつくように後ろへ飛んだ。うまく動かない体はそのままゴロゴロと転がる。頭上から土が降った。空が陰る。
「ご無事ですか、亞」
「っ、は、はい」
 普段よりだいぶ丁寧な喋り方になっている彼女の表情は見たこともないほど真剣で、怒りに燃えていて、目の前の魔物よりも怖かった。その怒りの矛先が自分ではなく目の前の魔物に向けられているのはなんとなく理解していても、体がすくむ。人の怒りや憎しみの感情は、どうしても慣れない。
「出てきたからにはここで潰します。貴方は弱体魔法をかけて下さいまし。少々でも構いません」
「わ、かりました……で、でも、僕は……」
 役に立たないと思います。そう言う前に彼女はもう、武器を抜いていた。そびえ立つ魔物に向けて武器を振りかざして走っていく。その巨体を超え姿が見えなくなったのを見てほんの少しだけ安堵した。彼女を傷つける可能性は限りなく減った。
 息を吸い込む。空気中の魔力と、土の匂いが体内を満たしていく。風が吹いた。前髪が揺れ、ワームの姿が見える。僕の力はたかが知れてる。言い訳みたいに言い聞かせた。吸い込んだ息をゆっくり、ゆっくり吐き出していく。
 目に見えるほど白い息がワームを取り囲んだ。瞳がほんの少しだけ熱を持つ。体の中から魔力が抜けていく。実戦で使うのなんて、もはや初めてだった。
「いみこいとよりかくりてはおとをよぶ」
 小さく呟いた、昔教わった制御のための呪文によって息がどんどん視覚化されていく。あたりが曇った。彼女に弱体化が施されてなければいいけれど、大丈夫だろうか。
 ワームが動きを一度大きくした。潜ろうと体を振り回している。弱体が効いていない……? そう思った次の瞬間、もたげた頭が地面に落下する。重力に押さえつけられているかのように蠢いた。よかった、なんとか聞いたらしい。体から力が抜けてその場にへたりこんだ。四肢が震えている。あとはもう、彼女に託すしかあるまい。

サフィちゃん( @sanma_tti )お借りしてます
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