失敗した、そう思った時にはもう遅い。
一瞬の出来事で、痛みはあまり感じなかった。とっさに出した左腕が自分から離れていくことだけがよくわかる。風圧と勢いで後ろへ吹っ飛ばされ、背中が木の幹に当たった。肺が圧迫されて息が詰まる。
「クオリアちゃん!」
声の主を見やる余裕はどこにもなかった。痛みは遅れてやってくる。血が体から流れていく。意識は徐々に朦朧としていた。
*
「いくぞ、リン!」
「オッケー!」
パルヴィの強化魔法のおかげで若干疲れの残っていた体が軽くなる。現れたエクスピアシオンの行動はもう、おおよそ把握している。ここにいる人数はこれまで戦ったチームより少ないが、それなりの力を持っていることはわかっていた。
リンの鉄線があたりへ張り巡らされていく。シュウが出現させた木属性の蔦と合間って、空中にも足場ができあがっていた。
駆け上がってエクスピアシオンの頭上へと舞う。だいぶ慣れてきた金属の形状変化で鉄パイプの先端を鋭く変化させた。鈍い音がして硬い外殻と金属がこすり合わせている。弱体がかかっているとはいえ、やはりまだ硬いらしい。
「クオリアちゃん、どうしよっか」
「まぁ俺に任せとけって!」
この場にいる誰よりも俺はこの魔物の行動を知っている。その確信はあった。魔物が現れた時の反応は、間違いなく初見のものだったからだ。
リンは少しずつ、しかし確実に殻に傷をつけている。しかし足りない。決定打にはならない。もっと手っ取り早く、この戦闘を終わらせるには……。
元来、殻というものは割れ目から引き裂くのが一番早いのだ。ゆで卵だってそうるように、叩いて割るのは最初だけでいい。あとはひび割れから割いていけば。
絶妙なバランスで取り続けていた距離を一気に縮めた。馬は巨体だ。足はすぐ動かない。魔法は避ければいい。体が飛んで馬の背後へと回る。体を屈ませ、内側の腹を狙った。爪のように変形した鉄パイプの先端で割れ目を捉える、そのはずだった。
「おい、あんまり前に−−」
シュウの声を無視した。それがきっと、運の尽きだったのだと思う。
予想より早くエクスピアシオンが動く。鋭い前足が目の前に迫った。避けきれない。無意識に致命傷を避けようと腕が前に出た。
切り裂かれたのは、そのすぐ後のことだった。
*
痛い。息があがる。頭がぐらぐらとかき混ぜられていく。心臓の音が耳の横でしていた。
それ以外は何も聞こえない。
エクスピアシオンは俺から視線を外し、後衛たちに狙いを定めていた。チームメンバーが少しだけ動揺しているのがわかる。このままじゃダメだ。まだ外殻すら剥がれていない。
血が流れている。その感覚が嫌という程わかる。千切れた腕の傷口から垂れた血が地面に、落ちた。
まるで糸のように体から血液が線状になって蠢き始めた。体の外へ出ていく。しかしそれは、無抵抗無秩序のものではない。しっかり俺の意思に操られ、意思を持った生き物のように動き始めた。なくなった腕があった場所にそれは確実な重みを持たせてくれる。
先端が尖っている。鉤爪のように血が固まり、金属化しているようだ。鉄パイプはすでにどこかへ飛んでいる。でも武器ならここにある。
ない腕を振った。まるで無限に伸びていくように、体の中につなぎとめられた血液がエクスピアシオンを捕捉した。外殻に突き立てられた先端の鉤爪が徐々に、その体を割っていく。感覚もあった。もともと体内にあったもののせいか、むしろ普段より敏感になっているようだ。こちらを向く馬の鼻面を削り取った。
赤い花びらが落ちた。
「頼む!」
収縮するように血液が体の中へ残っていく。パキパキと音を立ててエクスピアシオンの本体が正体を現し始めた。見届けることなく瞼が下がる。血液が戻りきったと同時に意識を飛ばしていた。ごめん、と小さく呟いた気がしている。