息が切れる。肺はないのに胸が潰れそうだった。
左半身の運動機能は低下しきっていてほとんど動かない。斧を杖の代わりにしなければ歩けないほどだった。
一度寮か、避難所のようなところがあればそこへ行こう。体が動かないのであれば何も守ることができない。そこに技師がいればメンテナンスをしてもらえば……。
そこまでの道のりを考えると恐ろしく遠い気がした。けれど進むのをやめるわけにはいかない。私は……私はやらなくてはいけない。
そのとき、ガサガサと音がしてそれは姿を現した。
「……エクスピアシオン」
周囲に生徒の反応はない。例の小型魔物の気配も感じない。どこかでうち漏らされた個体か、あるいは放浪していた個体か。エクスピアシオンは私に気づいてすでに魔法を発動させようとしている。
……逃げられない。
エクスピアシオンが嗅ぎつけるのは魔力。周囲に他の反応がなければ私を見逃してくれるはずもない。私はここから全力で逃げる体力も、魔力も、ない。残されているのは弱い斧と、この体だけだ。
死ぬのは、いい。百歩譲っていい。ここでエクスピアシオンに殺されたとしても、この魔物がまた他の生徒の元へ行くのだけは許せない。
だって守りたいのだ。この学園を。私の居場所を。大切な人たちを。
私が脇役としてちゃんと生きていた、それだけは最後まで守り通したい。私がやるべきことはわかっている。主人公を、守りたい。
頭の中にこれまでの私を形作ってくれていた人たちの姿がよぎる。
−−あなたはきっと、怒るのでしょうね。
ごめんなさい小晶。私がもう一度あなたに会うことは、叶わないようです。
リミッター解除。全魔力、コアに集中。体力ゲージ低下。コアの自爆動作を許可。
エクスピアシオンが氷魔法を発動させる。氷の刃が私めがけて降ってきていた。
「っ、ガード!」
残り少ない魔力を無属性魔法で障壁を作成するのに使用する。立っているのも難しい。斧を思い切り地面に突き刺して体を支えた。うまいこと弾いてくれた障壁は一撃で弾け飛ぶ。
「……まったく、ゆっくり過去を振り返る暇も与えてくれないんですね」
攻撃の追随はすぐ来るだろう。迷っている時間はない。理論上はきっとこれで倒せるはずだ。これまで共に戦った人々の顔。大丈夫、あとは彼らに託せば、きっと。
体を支えながら心臓に手を当てた。体に重力がのしかかっていた。残り魔力はほとんど心臓部のコアに集約され、体を支えているものはほとんどない。
作り物はいつか壊れる。そのいつかが今やってきただけなのだと、理解すればいい。簡単なことだ。
息を吸い込んだ。
「……戦闘支援型アンドロイドA-1、アルミリア・バーナード」
今、覚悟した。
「コアの自爆操作開始。自爆まで、10」
頭の中にカウントが響く。
ふと、小晶のローブが懐に入っていることを思い出した。これも返せなかった。あの子は今ローブを着ていないのだろうか、寒い思いをしていないだろうか。
中途半端でごめんなさい。今、ほんの少しだけ私は怖い。私のこれからすることを知って貴方がどんな思いをするのか、想像できてしまうからだ。
残り5秒。
怖い。怖い。痛みは感じないから何も怖いことはないはずなのに。
でもそれよりも、何よりも、私は無駄死にだけはしたくないのです。目の前の魔物と相打ちになるならそれでいいのです。怖い、とても怖いけれど。
これまでにあった様々なことが頭をよぎった。データではこれを、走馬灯と呼ぶらしい。
随分私も人間らしくなったものだ。ああ、よかった。今感じているのは恐怖だけではないのだから。私はちゃんと、登場人物としてそこに存在していた。
「ああ、私は」
タイムリミットがそこまで迫っている。
「しあわせで
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そこに響いたのは爆発音。そしてまばゆい閃光だった。
それはその場にあるものを更地へと変えようとしている。呑まれたのは神の使いのごとき魔物と、殺したかった少女の姿。
そしてそれを見届けるものは誰もいない。