友人

6.0 割れる空からの声
クオリア


 その傷を背負って生きろ。
 言われなくてもわかっている、と言いたかった。それでもいつになく厳しい表情のシュウと、明るくない表情のメンバー見ていたら言葉は出てこない。
 喉の奥が熱くなって、声を出そうと思えば震えそうだった。目元も熱を持ち始めている。
 スラムにいた頃だってこうなる危険性はいつだって隣合わせのはずだった。治してくれる確証すらどこにもなく、それでも今までと変わらず過ごしてきたつもりなのに。
 平和の中の気の緩み。
 俺のせいだ。紛れもない自業自得。それでも、意識が飛ぶほんの少し前、俺は、きっと死にたくないと思っていた。でなければ今、こんなに眉間にシワを寄せる必要は無い。 
 これは安堵だ。
 痛みゆえではない。怒られた腹いせでもない。ただこうして、もう一度目を開けて会話ができる。ちゃんと誰も死んでない。
 失わなくてよかったものかもしれない。抱える覚悟もできている。それでもシュウの言葉は重くのしかかって、1番言わなくてはならない言葉を喉につっかえさせていた。
「あーーーークソ」 
 曇っていた空は徐々に本来の色を取り戻している。こぼれ落ちそうなそれをぐっと飲み込んで、代わりに笑みを落とした。 
「片腕じゃあ汗も拭えねえな」 
 強がっていたいよ。最強を目指していたわけじゃない。それでも自分が、親しい人達の前では強い人間でいたかったことに気づいた。
 パルヴィの腕がそっと体に回って、ほんの少し息を吸い込んだら鼻もズビ、と鳴った。こんなダサいところ、見られたくなかった。



「じゃああとはよろしくね、シュウくん」
 応急処置があらかた終わり、俺も歩けるほど体力が回復した頃。誰からともなくの提案で一度その場で解散することになった。シュウは俺を安全な場所へ送り届け、さらに治療してくれるらしい。今の状態でも十分だと言ったが、頑なにシュウは聞き入れてくれなかった。
「ああ。エルベールは責任持って送り届ける。いいな、リン」
 声をかけられたリンは無言でコクリと頷いた。いつもと明らかに様子の違うリンに違和感と焦燥感を感じながら、口ごもる。
「あーのさ」
「なんだ?」
 シュウが代表して言葉を発した。全員の視線が俺に集まる。
「迷惑かけてごめん、なさい」
 このあと竜の元へ行くという豊哉とパルヴィ、野暮用とぼやくリンには今ここで言わなくては、言えなくなるような気がしていて。口から出た言葉は多分、人生でもそんなに使わない言葉だった。居心地が悪くて視線が地面に落ちる。
「……まぁわかってるならいいんじゃないか」
「うん。……クオリアちゃんがいきててよかったよ」
 まだ何かいいたげな視線をしながらも豊哉とパルヴィは少し微笑んだ。
「ああ。今後、気をつけるように」
「へーへー」
「まったくお前は……」
 ほんの少し、笑顔が戻ってホッとする。心配そうな顔も、悲しそうな顔も、怒っている顔もなんだか不安ばかり募って怖かった。知らない奴らが目の前にいるみたいで。
「そうだ、終わったらタルト食べに行こうぜ」
「そうだよ!二個だからね」
「増えてねぇか?」
 ふと、一人だけ。静かなリンの方を見る。俯いたその表情は見えなくて、ほかの三人に比べてまだ知らない人のような気がしてしまった。
「……よくないよ」
 導き出された声は少し震えているような気がした。
「今回は腕だったから、兄貴が近くにいたから助かっただけじゃん。これが頭だったら? 足だったら? クオリアちゃん、死んでたんだよ」
「それは……」
「わかってない……全然わかってない。謝ってももう腕は戻ってこない! クオリアちゃんがどう生きてきたかとか関係ない! この腕は……もう……!」
 今にも泣き出しそうな顔でリンが怒るから、こらえていたものが溢れ出しそうになる。今更だってきっとわかっているんだろう。今はただ、俺のために怒ってくれているリンが優しくてどうしようもないバカだってことだけしかわからない。
「リン、そこまでにしろ」
 穏やかな兄の牽制に、リンはハッとして口をつぐんだ。視線を左右にうろうろと動かし、小さく呟いた。
「……っ、……ごめん」
「お、おい! リン!」
 スタスタとその場を離れて行くその背中が振り返ることはなかった。シュウを見たが、ため息をついて首を振るのみで何も言ってくれなかった。

 豊哉とパルヴィとも別れ、シュウと二人で歩く。
「俺本当に反省はしてんだよ」
 シュウは黙って歩幅を合わせてくれていた。
「なんのために戦うとか、今まで考えたことなかった。戦うのが楽しくて好きだから。命張ってる緊張感も心地よくて……でも、俺は……」
 目を覚まして最初に見たのはシュウの、いつもより厳しい顔。起き上がって見たのはパルヴィの複雑な顔と、リンの不機嫌そうな顔だ。
「あんな表情させたいわけじゃない」
 あの時自分は友人の笑顔が好きだったのだということを思い出した。自分がなんのために戦うのか、と問われれば、笑顔を守りたいからというキザなセリフがでてきそうで笑ってしまう。けれどそれは事実、本当に守りたいからなのだろう。
「魔物を倒せば大体みんな安堵で笑ってた。それが、きっと嬉しかったんだと思う。だからもう無茶はしない。まぁ、お前にも怒られるしな」
 ニッと笑ってみせる。だいぶ普段のノリを取り戻しつつある空気が心地よかった。
「何度も言うようだがちゃんと反省しているならそれでいい」
「もう腕は戻らねえけどな」
「……あのな……」
 冗談の一つも言いたくなる。過ぎ去ったことを後悔する性はもともとないし、笑い飛ばせるくらい強くなりたい。
「悪ぃって。腕はもういいんだ、そんなに後悔もしてない。死ぬことの方がよっぽど怖ぇよ」
 死にたくないということを俺は嫌という程自覚した。だからもう死なないし、死ぬようなこともしないだろう。今以上に強くなって生きるために、守るために戦いたい。もうそこに心配事などなく、むしろ気持ちは前を向いている。
 ただある一つを除いて。
「でもやっぱりリン、怒ってるよな……。どうしよう、アニキ*」
「君な……」
「いや、割とマジで。いつもヘラヘラしてるアイツしか知らねえから」
「……アイツは泣き虫だよ」
「は?」
 信じられない言葉に思わず素っ頓狂な声が出る。
「甘えたがり。臆病。でもそのくせ好奇心はある。それで昔はよく迷子になっていたな。転んで、怪我をして、両親や僕が迎えにいって、背負って、家まで連れて帰ったな」
「想像できねえな」
「僕にとってはそれが自然なんだけどな。少し見ないうちに背も伸びた」
「……で、それがなんだ?」
「リンが怒るのも別に変わったことじゃない。普段は怒らなくていいように、嫌な思いをしなくていいように……笑って誰にも気づかれないくらい自然にその場の流れを変えてしまう。それができないようなら逃げる」
 いつものリンを思い起こす。ヘラヘラと笑って、誰にでもいい顔をして、なんだか世界には嫌なことなんて何もないみたいな顔をしている。ああいう軟派なところがたまに腹たつこともあるけれど、それはアイツなりに気を使っていたということなのだろうか。
「周囲にそれを見せないってだけで、その感情がないわけじゃない」
「見せない、ねぇ」
「一種のコミュニケーション手段だ。悪いことではない。リン以外にもそういう『器用さ』がある人間はいくらでもいるさ」
「俺にはできねぇなぁ」
「ははは、そうだな。どっちがいいとか悪いとかの話じゃない。できるやつはそうやって生きてきて、できないやつはできないなりに生きている」
 俺はそのできないやつで、リンはできるやつだというだけの話なんだろう。
「でもリンが、逃げずに、笑わずに、怒ったのは……自分の本心を見せてでも自分や周りの人間の気持ちをわかって欲しかったからだろうな」

「その気持ちに嘘はない。今はわからなくてもゆっくり気づいていけばいい。仲直りなんて簡単にできる」
「ホントかよ」
「嘘はつけない性分でな。だから、もしよければ……これからも弟と友達でいてやってくれ」
「……それは、当たり前だ。リンが嫌だっつっても俺は友達をやめねぇぞ」
 友達。その言葉を口にするには、あまりにも世界が優しすぎた。*が緩む。友達。自分のために無償で何かをしてくれる人たち。俺自身も無償で何かをしたいと思える人たちだ。
「……? どうした?」
「いや。なんでもねぇ」
 ほんの少し、ほおが緩んで、シュウに見られたくなくてごまかした。

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