「っと」
人の胴体だけが空中に浮いている。といってもその様相は人間とは言いがたく、魔物と言って差し支えないだろう。
魔法攻撃を避けながら、浮遊魔法と脚力であたりを飛び回る。鉄パイプを変形させ、鋭い刃物にしてから切りかかれば、だいたいの魔物は死ぬ。
「ったくよぉ、数が多いんだわ」
もう何体切ったのか数えられない。形状変化は微力ながらも魔力をずっと使うし、浮遊魔法は精神を削られる。いい加減単調なこの作業に疲労を感じていた。
ようやくそこら一帯の胴体を倒したところで一息つく。あたりは静寂に包まれているが、時折戦闘音が聞こえてくる。ここら辺のは倒しても、すこし歩けばまた出てくるだろう。一体あの白い竜は何を考えているんだ。生徒に課す課題にしては荷が重すぎる。
そのとき、耳元で何かが弾けた。
バッと振り返ったそのとき、頭上には稲妻が光る。コンマ1秒もない感覚で降り注ぐそれは、直撃を免れない。……はずだった。
「……よそ見をするな」
それは突如地中から出現した避雷針に乗り移り、俺に直撃はしなかった。明らかな土属性魔法の主を見る。見覚えのあるもさもさ頭、汚れを知らない真っ白な翼。ハイリヒンメルで感じたほんの少しの違和感は消え、すっかり元どおりになったのであろうレイがずれたメガネを直しながらため息をついた。
「テメェ、レイ! 何してんだこんなところで」
「こっちのセリフだ。今の、まともに食らっていたら軽傷では済まなかったぞ」
「……まぁありがとな。でもなんでだ? ある程度探知用の魔力はそこら中に張り巡らせてるのに……」
ガサ、っと音がしてそれは姿を現した。エクスピアシオン。白い殻に覆われた馬のような姿はバチバチと何か弾けさせながらその場に佇んでいる。
「チッ、ついに出てきやがったか」
「逃げるなら今だが」
「そりゃ本気で言ってんのか?」
「……二人で倒すにはいささか不安があるかと」
「なんならお前だけ逃げてもいいぜ。どんな相手か見極めてぇし」
「馬鹿、一人で戦うなんて無茶すぎる!」
レイがまたため息をついた。こいつは俺といるとちょっと老けて見える。
「もう逃がしてくれる気は無いみたいだぜ」
「……お前に関わるといいことがない」
「うっせ。いいから協力しろよ、いいよな?」
「見殺しにする趣味はない」
「言うじゃねえか」
なんだかんだと協力する姿勢を見せてくれるこいつは苦労性なんだろう。向き合ったエクスピアシオンの白濁した目がぎょろりとこちらを向いた。
「行くぜ!」
駆け出した俺の足元が、タイミングよく隆起する。うごめく地面に合わせて駆け上がり、エクスピアシオンに近づいた。振り下ろした鉄パイプはエクスピアシオンの体をしっかりとらえた。ガキン、と金属音がして、鉄パイプと魔物の体が軋む。どうやらこの体は硬いらしい。ほんの少し入ったヒビから見て、砕くことは可能なのだろう。
「なるほどな」
小さくつぶやいて体を浮かせる。足場から足が離れ、さらに高く体が上がって行く。
「おい、クオリア」
「大丈夫大丈夫」
「……ったく」
レイの魔法によって土がエクスピアシオンに向かって伸びる。構うことなく振り下ろした鉄パイプに土が巻きつき、ふっと途切れた。なんだ? と尋ねる暇もなく、勢いを殺せなかった鉄パイプがそのままエクスピアシオンの殻に激突する。先ほどよりも大きくヒビが入った。なるほど、なんとなく掴める気がする。
「弱点か!」
「ああ。ただ……まだ、足りないな」
「持久戦だろ? なんとか……うわっ」
体がガクン、と浮遊力をなくす。もう一度浮遊魔法を使用しようと思ったが、うまくいかない。数メートル上空から落ちていく。まずい。
骨折を覚悟で受け身をとった。衝撃は激しいものではなく、あくまでやわいものになる。
「なんとかなってないじゃないか」
「……へへ、悪ぃな」
レイの魔法でクッション状の土が俺を包み込んだ。ゆっくり丁寧に地上まで降ろされる。あいつの魔法の扱い方がここまで上手なのは、やはり年季の違いだろうか。
「……さて、どうしようか」
全くひるむことのない目の前の魔物は素知らぬ顔をして次の攻撃を繰り出そうとしていた。
A2K2:1作品目