「見たまえ! リークイド!」
パキ、パキ、と音を立てて徐々に漆黒を覗かせる空を指さした。ない心臓は驚くほど高鳴り、作れない表情は最高の笑顔に変化する。
「HAHAHA! かつてこんな光景があっただろうか!? 空が、ああ、空が、割れている!」
八百年。その年月は生易しいものでは無い。退屈をしのぐために様々な面倒事へ首を突っ込んだ。時には疲れることもあれど、暇に疲れるよりかは遥かによかった。そしてその労力が今、こうして実を結ばれようとしている。
姿を現したのは巨大な竜だった。黒々とした肌は見た目だけでも岩のようで、私の体など小指で潰されてしまうかのようだ。愉快、愉快。心に連動して体が踊り出す。カタカタと音を立てて顎が鳴る。笑い声は漏れ出していた。
「生きてみるものだな、リークイド。この世界を知った気でいた私だが、やはりまだ知らないことはあるらしい!」
盛大な独り言を撒き散らしながら歩く。私を見た生徒は攻撃しようとした。逃げようとした。それで構わない。空が割れることに比べれば、忌まわしく思われることなど塵ほども興味が無い。
「この瞬間に立ち会えた者たちはなんと幸せだろう。はたして、君がいなかったとしたら私はこの光景を見ているだろうか? HAHA! 答えは否、否だ! 私は君に殺されたからこそ今ここで生きている! 愉快な景色を見つめている! 一度死んだところで何を悲しむことがあろう、ああ、愉快! 愉快だ、リークイド!」
空を仰ぐと同時に飛び跳ねた主の欠片が、突如開けた場所にいた同胞たちに飛びかかった。何やら口論をしていたらしい二人組はさして困ることなくそれを避け、片方は短い舌打ちをする。
「聞き覚えのある声だと思ったらテメェかよ。一人でなに喚いてんだ、気色悪ィ」
「随分とご機嫌だな、同胞よ」
「なんだ君たちかい。君たちも見ただろう? あの割れた空を! その瞬間を!」
私が腕を動かす度、興奮で制御を失ったリークイドの欠片があたりに飛び散った。草木が一瞬で溶け、リークイドの欠片に吸われていく。
白髪のウィバオ、ミトリヒはそれらを器用に避けながら表情を崩さない。対して赤肌のウィバオ、ヴァイルスは苛立ちを隠さず表情を歪めていた。
「これこそきっと千年に一度の出来事だ。そこに居合わせただけで幸せだと思わないかい? いや、いい、いい、君たちの返事はわかっているとも。答えは応。当然だ。この奇跡を目のあたりにした、その興奮を、その感謝を、喜びを、ああ、私は誰にぶつければいいかね?」
「チッ、ゴチャゴチャうるせェなァ! わけわかんねえこと言ってんじゃねェ!」
「カッカするのはやめたまえ、ヴァイルスくん! HAHAHA! 君も混乱している、そう、そうだろう?」
「誰、と言ったな、ガイ」
静かな声でミトリヒが呟いた。その縫われた頬が少しだけ上がる。
「ひとまずアレにぶつけてみるのはどうだ?」
彼の指す先には、それはもう美しい魔物ーーー形容するならば私は天の使い、天使と言おうーーーが音を立てながら雷を纏っていた。
それは、そう……興奮に似た。
*
状況は好ましい、とは言えない。
私たち三人が交戦をはじめた後、集まったメンバーは優秀そのものであった。強化を施す幼い少女のようなメア。これまた機嫌がよろしくないロト。穏やかな語り部の青年、メルト。
バフ、デバフ、攻撃、防御……全てにおいて条件はクリアしている。ひとつの想定外を除いては。
私が天の使いと形容した魔物は、その外殻を破壊した途端に悪魔へと成り下がった。
見目を評価すること自体、私の中では珍しいことだ。なぜなら私に見目などないのだから。しかし私は、それまで美しいと思っていたものの正体が別のものであることを知ってほんの少し、そう、悲しいのだ。
魔物は外殻が破壊されたことなど気にもとめないように絶えず攻撃を繰り出す。
避雷針の役割を担っていたミトリヒがその攻撃に間に合わない。これまでほとんどその場を動かなかったロトが代わりのものになる。誰もがそれを理解した時、真っ先に声を出したのはロト・ヴァイス本人であった。
「ガイ!」
この時私は純粋に嬉しかったのだ。不本意ながら彼に嫌われているらしい私は、彼に名前を呼ばれることなど滅多にないのである。愉快、と口角が上がった。
「コツ!」
全ての言葉の代わりに、いつも通りの返事を添えて。ロトの目の前に飛び出した私の体は一度、悪魔の攻撃を直撃させる。痛みは感じるがそれも慣れたもの。骨が砕ける痛みなどには及ばない感電は、リークイドを分散させることで緩和される。
ほんの一瞬の体勢の揺れはロトの弱体魔法を途切れさせるのに充分だった。
「だんだん強くなっている。いえ、戻ってきているのかしら」
こころなしか楽しそうにメアが呟いた。
「このままだとほんの少し、いえ、もっと長く遊ぶことになりそうね」
体にまとわりつくリークイドが、楽しそうに揺らぐ。
チーム:エクリプス