部屋から出て廊下を歩く。人気をなくした寮の中は真夜中よりも静かだった。体の軽傷はさっき着替えるついでに治した。もう痛いところはどこもない。そのはずなのに、瞼を閉じれば喉がしゃくりあげ、涙が溢れそうになる。
もうすっかり忘れていたと思っていた故郷の服の肌触りは驚くほど馴染んでいた。故郷特有の匂いが漂った気がして、どうにもできない自分を殴りたくなる。
仲間。思い浮かぶ顔は皆、親しい人ばかりだ。でも。足が震える。命をかけられる人はどれくらいいるんだろう。僕がその人に、その人が僕に。僕は、その人が死にそうなとき本当に手を差し伸べることができるのだろうか?
ずっとマツリカが死んでから、誰も死なせないために動いてきたつもりだった。この学園への未練と、故郷への不安が僕をこの場所に縫い付けている。そのはずだったのに、僕は、どうして目の前で死んでいく亞に何もできなかったんだろう。
「茉紘殿」
声をかけられるまで彼女がそこにいることにすら気づかなかった。ハッと顔をあげると目の前にはナナヨの姿。足を引きずって松葉杖をついている。見覚えがあるようなクローの上着をきていたのも少し驚きだが、何よりもその表情が変化したことに驚いていた。
「ご……めん、気づかなかった……」
「大丈夫。着替えたんだね」
あのとき、テントで見たナナヨの笑顔は夢ではなかった。まるで機械のように硬い表情と人を寄せ付けない態度は嘘のように消えている。実際のところを僕は知らなかったけれど、生身で怪我していると言うことはやはり、そういうことなのかもしれない。
「ああ、うん、そう。着替えた。……うん」
安堵。これは安堵だ。ナナヨが生きている、目の前で笑っている。
散々、部屋で悔し涙を流していた。何もできない自分が悔しくて悔しくて、何十年たっても結局自分は変わることなんてできないと思っていた。身内一人守れないでなにができるのか。
でも、この服に着替えて部屋を出た時から心は決まっていたのかもしれない。できなくてもやらなきゃいけない、と。僕は、僕は。
「ま、茉紘殿?」
「ううん、ごめん、なんでもない。ナナヨが無事でよかった」
たとえ共に戦った友人でも、僕は自分の弱みを見せたくなかった。ナナヨの前では強い先輩でいたかった。滲み始めた涙を笑顔と一緒に飲み込んで行く。
「これからどうするの?」
「知り合いに、会いに行こうかと思ってるよ」
「そっか。まぁナナヨは大丈夫だと思うけど、外は魔物がいっぱいいるし気をつけて」
「応」
不思議と、ナナヨの嬉しそうな声と表情を見ていると少しだけ落ち着いてくる。ゆっくり、ゆっくり息を吸って吐く。喋りも少しずつゆっくりになる。まるで自分に言い聞かせるかのように。
「ナナヨ」
彼女の怪我に気をつけながらそっと抱きしめる。その体の温もりは、ちゃんとそこにいて、生きていて、不思議と安心する温度だった。
「生きててよかった。また、全部終わったら会おう」
「……応」
「あ、そうだ、商業棟行こうね。僕が服選んであげる」
「……うん」
彼女の返事を見届けて、体を離す。最後まで握っていた手が離れた時、体がゆっくり冷めて行く気がした。じゃあね、と後ずさりして手を振る。体の向きを変えて歩む速度を早めて行く。
今ここで、僕が生きていることを知ってくれている人が一人でもいるなら僕はそれでいいと思えてしまった。
回復
ナナヨちゃん( @29am18 )