煤竹とアクズミ

煤竹
出会いの話



「お前、隠してんなァ」
 目の前に現れたアクズミは、初めて出会った時僕にそう言った。顔がどこにあるのか、否、どこから声をかけられているのかわからなかったけれど、火事が起きたかのように煙が立ち込めていたのを覚えている。
 

 
 努力は必ず報われる。そんな言葉を、僕はもう何度も耳にした。
 事実、学園の中では努力が実を結んだ生徒達も山ほどいたし、成功している生徒達は笑顔が絶えなかった。
 羨ましい。
 僕はその感情を素直に受け入れた。僕自身の負けを認め、僕は落ちこぼれであることを理解した。だからウィバオに入ったのだ。僕はそこで努力して、また戻れるなら戻りたかった。アッカやクローの生徒達の隣に並びたかった。まごうことなく、憧れだった。
 煤竹色の帯が揺れる。息が苦しくなる。立ち込める煙はどんどん濃くなった。咳込めば咳き込むほど、気管に入り込む煙を追い出す術を、僕は知らない。
 灯火程度にしか作れない鬼火を作っても、なんの意味もなかった。声は続ける。
「お前、名前は?」
「……す、すたけ」
 いる。そう感じた。そこにいる。僕のすぐ近くかもしれないし、遠く離れているかもしれない。でもその声はいる。
「煤竹かァ、いい名前だ」
 ありがとう、と心の中で思うと声はおうよと笑った。聞こえるのか。なら無理に声を出さなくていいのかもしれない。
「お前、正直になったら俺っちが契約してやるよ」
 正直?
「嘘、ついてるだろォ。綺麗な感情で押し込めようとすんじゃねえよ」
 視界が暗くなる。煙が内側に入ってくる感覚。体を通り抜ける。心臓と呼ばれる魔力の炎に煙が触れた。体を内側から触られている。
「故郷からは捨てられて? 一緒に入学したはずの同級生たちはどんどん進級していって? あぁ、卒業もしてんのか?」
 耳を塞ぐための腕すら動かない。
「お前はまだここにいる。しかも一つしたのクラスだ。落ちこぼれの」
 聞きたくない。
「ウィバオ」
 やめろ!
 何が悪い、ウィバオの何が、アッカやクローがそんなに偉いか? 留年だって僕だけじゃない、違う。僕はただ羨ましいだけだ、憧れてるだけだ! 僕は、羨ましい。僕も、僕もその隣に立ちたかった。兄さんや姉さんと一緒に依頼をこなしたかった。僕は。
「ちげぇだろ」
 違わない。
「正直になれ。言ったろ? 契約してやる」
 違……。僕は、ただ……。
「憎い」
 違う。
「お前は憎いんだよォ。自分を捨てた故郷も、自分より先を歩く生徒達も」
 憎い、違う。憧れだった。羨望だった。憎んでなんか、僕は。
 息は途切れ途切れになる。苦しい。僕はどうなりたかったんだっけ、僕はここに来て、入学した時、あれ、ぼくはどうしたかったんだっけ。
「正直になれば誰にも負けねえ力を手に入れられるぜェ」
 ちから? そうだ、僕は力が欲しかった。力を手に入れて、みんなと並びたかった。僕がみんなの隣に立てないのは、僕が落ちこぼれだから。僕だって、みんなと、みんなと……。
 目の端に煤竹色の帯がチラついた。あれ、解けちゃったのかな……。ごめんよ兄さん、汚さないから、僕は、もう。
「早くしろよォ、俺っち気が短ぇんだよォ」
 待ってくれよ、僕は今思い出してるんだ。
「決まってんだろ? じゃあいいじゃねぇか。な?」
 ……兄さんは、帯をくれた。お前の角と同じ色だと、嘲笑していた。知っていて、でも僕は、これがすごく嬉しかったから。僕にものをくれた人なんて兄さんしかいなかったから。僕は、だから、僕は、
「憎い」
 憎い。
「ヒヒッ、いいぜェ、憎いよなァ」
 僕を追い越していった同級生たちは楽しそうに笑っている。僕とついこの前まで笑いあってた生徒達はもう、僕の方を見向きもしない。
 ……憎い、ずるい、悔しい、どうして。同じことをしていたはずだった。僕だってどうにかなりたかった。悔しい、悔しい、悔しい。
「……煤竹」
「……ぐ、ぅ……なまえ……」
「アァン?」
「き、みの……っ、な、まえ……しらな……」
 浮遊感のなか、声を絞り出した。君は誰なんだ、僕は君を知らない。
「……俺ちゃんはアクズミ。お前と契約する魔物だ」
 そうか、君はアクズミっていうんだね。
 アクズミが体の中を、すべてを支配する感覚に襲われた。体の中心が熱い、熱い、焼けるように熱い。脳裏に兄さんの顔がちらついた。
 ひとつ、忍鬼の血を誇るべし。
「アク、ズミ」
「なんだァ?」
「角、角は、残して」
 返事がない、いや、聞こえないのかな。熱い。この熱さは炎だということを知っている。鬼火ではない。
 ひとつ、忍鬼は依頼、依頼主のために命を賭けるべし。
「煤竹は変なやつだな。まァいいぜ。代わりに口をもらうけどいいかァ」
 いいよ。角が残ってくれれば、僕はそれでいい。
 ひとつ、忍鬼自ら死を望むことなかれ。
 だって、アクズミ、僕は、忍鬼だから。
 見えない炎に体が焼かれていく。地獄に落ちてしまいそうだなぁ。呑気なことを考えながら意識をアクズミへ委ねた。

嘘つきを救う話
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