郷愁、君と共に


 今日は一体何度救助テントに向かっただろう。魔力切れによる腕の麻痺もすっかり治り、気丈に振る舞う生徒たちやこの国の人々の笑顔を目にしたおかげでほんの少し安堵が沸き起こる。
 ゾンビドラゴンに出会うまで、見て見ぬ振りをし続けていた救助者たちに目を向けていたせいで実家への道のりはさらに遠くなった。ここあたりの救助はある程度終わったからそろそろ様子を見に行こう。戻ってきた生徒によるとまだあまりゾンビドラゴンの被害は受けていないらしい。もしそれが本当ならセバスチャンも逃げているだろう。家が壊されたり裏庭の両親の墓が壊されたりするのは耐えられないが、セバスチャンに被害が及ぶ方がもっと耐えられない。
 ぼんやりと考え事をしながら壊れた道を歩く。こっちの方にも何度か来たことがある。母と一緒に、周りを飛ぶ人々がいながらもゆっくり歩いていたのをよく覚えていた。不思議なくらいここは静かで、昔の思い出が蘇るようだった。
 郷愁は一瞬で音にかき消された。
 ゾンビドラゴンの悪臭が漂う。エネルギー反応の多い救助テントが近くにあるせいだろうか、その生き物の匂いに気づきはじめたゾンビドラゴンが集まり始めている。この付近には生徒も多いから大丈夫だろうが、他にも救助者が万が一いれば助けなくてはならない。音のする方へと駆けた。
Gemiti le mie ali唸れ我が翼
 翼を動かす。体の浮遊感は思ったよりもしっかりとしていた。バサッと音を立ててはためかせるとぐんと前に進む。
 ゾンビドラゴンはすぐに姿を現した。かなり国の崩壊が進んでいるところのせいで足場が悪い。誰か交戦している姿を探す。長い銀髪が瞳の端で揺れた。
「……ラグナ!」
 声をかけなければよかった、と思った。彼女の瞳がこちらを向いた。ほんの少しの違和感は、いつもつけているあの黒いアイマスクがないこと故だった。ゾンビドラゴンの攻撃は間一髪で避けたものの、彼女の足元が崩れた。スローモーションのように動く彼女の姿が空中へ投げ出される。
 機動力をマックスにして彼女の元へと急ぐ。伸ばした両腕になんとか治った彼女の体は、見た目よりかなり重かった。
「……っ、このままゾンビドラゴンの死角を通って逃げます。アレの討伐は周辺のチームに任せましょう」
「ですが」
「態勢を立て直す方が先です。大丈夫、学園の生徒たちは強い」
 あの周辺にはアルミリアや茉紘もいた気がする。大丈夫だ。命の重さのごとく重い彼女の体を抱え、翼を動かした。ゾンビドラゴンから逃げ果せたころにはすっかり息が切れていた。

「ここは……」
 無意識に逃げていたせいかだいぶ実家の近くまで来ていたらしい。家はだいぶその形をとどめているが、人の気配はほとんどない。皆避難したのだろう。この辺りまで来るとだいぶ見覚えがある。ふらふらと足が動き出していた。
「レイさん?」
「この辺り……実家があるんです。俺は様子を見に行きます」
「私も行きます」
 食い気味に言った彼女の表情は目を隠している時よりはるかにわかりやすい。表情筋は動かなくとも人間の表情は目だけでこんなにもわかるものなのだと初めて知った。
「おそらくは誰もいませんよ」
「別に、お会いするのが目的ではありません。レイさんが行くなら行く、それだけです」
 表情は変化せず、その視線はまっすぐ前を見つめていた。ほんの少し隣にいてくれていることに安堵を覚える。ひとりならやっぱり、また余裕を失っていたかもしれない。
 早足で歩く中、実家はすぐに見えた。一切の被害を受けず、住宅街に一つ佇んでいる。玄関の上のステンドグラスは陽の光を反射して輝いていた。家の前では立ち止まらず、そのまま中に入って裏庭へ回る。両親の墓も一切荒らされず静かにそこにあった。
 ラグナはしばらくじっとその墓石を見つめていたが一度深々と頭を下げた。
「家の中、入りますか?」
「可能であれば。生存者の確認も含めて」
「そうですね」
 人の気配が一切しない家の中に入ると、案の定セバスチャンは避難済みのようだった。何もない。俺がこの家を出た時からほとんど変わらない様相の家は、人が住んでいると言う温度を失ってもなお思い出だけ侍らせている。
「綺麗な家ですね」
 彼女の絞り出したような感想が妙に面白くて吹き出した。困惑の視線がこちらに向けられているのがわかる。
「はは、いや、すいません。綺麗でしょう。長年勤めてくれている執事が毎日ここを管理してくれてますから」
 中央の階段の手すりに触れた。忌まわしい記憶の温床でもあったその家は、それでもなお幸せな記憶を携えてくれている。ここは我が家なのだと再認識できた。
「いつか、ラグナさんも……」
 ハッと口をつぐんだ。自分が何を言おうとしたのかわかって*が熱くなる。将来の約束をするにはまだあまりにも早すぎる。そもそもここから行きて帰れるかすら確定された未来ではないのだから。
「なんでしょう?」
「いいえ、なんでも」
「気になります」
「なんでもないです」
 誤魔化すように家を出た。一度振り返ったとき、その家は変わらず見守ってくれているような気がした。



ラグナちゃん(@homu_o)と救助