守れたもの、そして

クオリア
ハウンド討伐その後



 瓦礫を一つ、横に避ける。ようやく人一人が通れそうな場所を確保し、ゆっくりと歩いた。ジジイの店は、俺が最後に訪れた時とほとんど変わっていなかった。あれ以降、ハウンドやヘルハウンドの襲撃もなかったのだろう。
 ジジイがいつも座っていた椅子もそこにあった。そっと触れる。温度はないはずなのに、ジジイの体温がなくなっていく記憶が蘇った。
「……っ」
 あの時、何よりも怖くて。人が死ぬ時に怖いと感じるんだと初めて俺は知った。俺が殺して奪ってきた人間に対しては全く思わなかった感情だった。
 クソ野郎の言葉が蘇る。『何かを守りたいと思った時、人は初めて恐怖する』……これが、その恐怖。もう二度と感じたくないものだ。
 壁にかけられた陳腐な武器を眺める。これも、俺が出会った時からほとんど変わらない。これがジジイの商売だった。クソ野郎と同じ仕事なのに、不思議と一つ一つの武器が違って見える。明らかにジジイの売り物はクソ野郎の売っているものに比べて安く性能も悪いはずなのに、なんでだろう。
「あー! お姉ちゃん!」
 そっと触れていた猟銃からパッと手を離す。その大きな声の主は店先に立っていた。
「……あ、お前あん時のガキか……!」
 ガキの横には少し驚いたような表情をした母親らしき女性が立っていた。ガキは母親似だったんだろう。こちらを照らす太陽に光り輝くブロンドヘアと、翳りを受けても美しく色を放つ青緑の目がよく似ている。ヴィンスはちゃんと言葉通り送り届けてくれたらしい。……よかった。
「あの、もしかして娘を避難所まで送り届けてくださった方ですか……?」
「あ……まぁ、はい」
「本当にありがとうございます。避難の途中、はぐれてしまって……もう二度と会えないかと……」
 女性が勢いよく頭をさげる。思わず戸惑いながら、オロオロとガキと母親を見比べた。
「いえ、その……テトイ生として当たり前のことをしたまでなので」
「本当に、なんとお礼を申し上げればいいか……」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
 ガキの正面に移動し、しゃがんで頭を撫でる。あの時は必死すぎてよく見えなかったが、このガキはよく笑う子なのだろうか。弾けるような笑顔がそこにある。
「おう。またママに会えてよかったな」
「うん! ……お姉ちゃん、ここのおじいちゃんと知り合い?」
「え……」
 ガキは俺の肩越しに背伸びをして店の中をのぞいている。思わず言葉に詰まった。立ち上がって母親に向き直る。
「近所に住んでいたので、よくここの店主のお爺さんに遊んでもらっていたんです。本当に優しいお爺さんで……。まだ避難所から戻られていないんでしょうか?」
 なんと答えればいいのかわからなくて呆然と母親の顔を見つめていた。この子も。昔の俺の姿が目の前に映し出されるかのように、景色が止まった気がした。
「……どうか、されましたか?」
「っ、いえ」
 おじいちゃーん、と店の奥に声をかけるガキを見た。きっと、これは伝えないほうがいい。俺から言うべきことでもない。ジジイに血縁者がいるとは思えないが、小さな少女のトラウマになってしまうのもまずいだろう。母親の方は風の噂で聞くか、時が経てばわかることだ。
「まだ戻ってないようです。避難所は町の外れですから、戻るのに時間かかるでしょう」
「そうですか。ではまた今度、様子を見にきます」
「そのほうがいいと思います。……じゃあ、俺は復興支援の仕事があるので失礼します。……じゃあな、元気でいろよ」
「うん! じゃあね、お姉ちゃん!」
 ガキに手を振って、そそくさとその場から急いで離れる。一度振り返ると仲良く手を繋いで並んで歩いていく親子の姿が見えた。……俺にはなかったもの。
「……うしっ」
 気合いを入れ直す。ハウンドやヘルハウンドはいなくなったとしても、まだ被害を受けた地域の復興は終わっていない。助けよう。いま守れるものを、いま助けられるものを。他の救える人を救いなさい。ジジイが言っていた言葉に、今は従おう。そしてそれが全て終わったら、ジジイの墓でも立てて花を贈ろう。
 鉄パイプを握り直した。集合場所へ、駆け出していく。太陽が背中を押すように降り注いでいた。

守れなかったものと守れたもの。
そして胸に決めたこと。
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