青い春波が押し寄せて

 ああ。きっと夢を、見ているんだ。
だって、センパイが私の目の前にいるはずなんてなくって、もう一度私に笑いかけてくれるなんて虚像で、どうしようもない羨望。桜に映える黒の髪。夏の太陽もかくやというほどに焦がされた笑顔。秋風で揺れ、そっと触れた存外角張った手の甲。白く染まった息に「もう冬だね」って遠くを見つめた春を待つ横顔。記憶の中に閉じ込めて、傷つかないようにしまっていた。大切に、大切に。思い出と銘打って過去のものと消し去ろうとしてた。
 でも、それでも。本物のあなたを前にすればそんな建前の虚勢は取り払われて、センパイにかないっこないってことを知らしめされる。
「久しぶりだね、ユキ。あんまり変わってない」
「セ、ンパイ」
 センパイは、変わったね。なんて言葉は飲み込んだ。
 こんな酷いことするならせめて、再会はもう少し劇的なものでも良かったんじゃないの。それなら運命と勘違いして、相応の報いを受けられるはずで、少なくともこんな曖昧な完結にはならなかったはずなのに。
 ロウくんに呼び止められて振り向いた先には、少し背の伸びたセンパイがいた。喉奥から声にならない声が滲んで、目の前が真っ暗になる感覚。過去に犯した贖罪をセンパイ自ら正しに来たのかと、顔を見ることができなかった。
「うんセンパイだよ。ユキ、顔上げて?」
 そんな風に言ったってセンパイの一言でそっと重たい頭を持ち上げる私は馬鹿な女だ。そうしてしまえばどうなるかなんてわかっていたのに、いやもしかしたら期待、だったのかもしれない。
 ぱちり。センパイの大きな瞳と目が合って。
 ああ、ほらやっぱり駄目だ。センパイという輝きに魅せられてしまう。目を焼く一等星に逆らうことができない。大きな瞳いっぱいに映る私の目は潤んでいて、それをセンパイは満足気に見つめた。
 怒って、るのかな。一方的に突き放した私のこと怒ってないわけないのに、遠く離したはずの距離を縮めたのはセンパイの方だった。優しく、大切なものを見るみたいな目で私を見つめた。近づいて、遠ざかって。寄せては返す波のように不安定な私達を"何"としたらいいんだろう。
「春宮と知り合いだったのか?」
「高校時代の同級生。びっくりしたよ。まさかこんなとこで会えるなんて」
「わ、たしも驚いた。センパイとまた会えるなんて」
「もう先輩じゃないよ。オレは伊波ライでしょ?同僚なんだからライって呼んでよ」
 手を差し伸ばしたセンパイにすとんと腑に落ちた。そっか、何とするもなにも、私達には何もなかった。高校時代の同級生。同僚。それほどの繋がりしか私達には存在しない。だから私はこれから伊波ライの後輩のにじさんじ所属Vtuber春宮ユキを全うすればいいんだ。
うぬぼれちゃ駄目。あの頃と何も変わらない。
「ライ?」
「そうライだよ。またよろしくねユキ」
「うん。よろしくおねがい、します」
 触れた手の熱さには気づかないふりをした。私のかどうかすら、わかんなかったし。
ねえ、センパイ。
すき、だよ