出会ったはなし



高校生になって、バイトを始めた。
バイトを始めた理由はお金が欲しかったからとかそういうのじゃなくて、単純にバイトというものをやってみたかったから、だった。
学校から比較的近い裏路地にあるこの喫茶店はなかなかの穴場で、落ち着いた雰囲気がとても気に入っている。

カランと入口のベルが鳴り、いらっしゃいませと声を出してそちらを向けば、気だるげな雰囲気を隠そうともしない、凛月くんの姿があった。

「ゆ〜ちゃん、おい〜っす」
「凛月くん、こんにちはっ。いつものお席空いてますよ」
「ん、ありがと〜。じゃあ注文もいつものね」
「はいっ、ありがとうございます」

凛月くんは最近常連さんになった、同じ学校の男の子だ。
同じ学校と言えど、普通科の私と違い彼はアイドル科に通っているため、この喫茶店以外で会うことはあまりない。
毎週木曜日にふらりと訪れる彼のことを、私は少し気になっていた。

「お待たせしました」
「ん」

店内の一番奥、窓からも見えないような隅のソファー席が凛月くんのお気に入りだ。
マスターお手製ブレンドの紅茶をテーブルに置いて一歩下がると、凛月くんに呼び止められた。

「ねぇ、ゆ〜ちゃん」
「? どうかしましたか?」
「もし兄者が来ても俺はいないって言っておいてくれる」
「あにじゃ……あぁ、零さんですか?」
「うん。何か今日はヤな予感がするから、念のためね」

零さん、というのは凛月くんのお兄さんだ。
私は直接話したことはないけれど、かなり有名な人なので名前は聞いたことがあった。
そして、凛月くんはお兄さんを毛嫌いしているらしい。何故かはわからないけど。

「わかりました、もし零さんが来ても凛月くんはいないって言っておきますね」
「うん、いいこいいこ。じゃあよろしく〜」

ぽんぽん、と凛月くんは私の頭を撫でると紅茶に口をつけた。
ぺこりと頭を下げてその場を離れる。
それにしても、零さん、かぁ。

「ものすごいカリスマだって聞くけど。凛月くんでさえあんなに格好良いんだから、零さんはもっと、なのかな」
「俺を呼んだか?」
「え?」

どうやら考え事が口に出ていたらしい。突然の会話に驚いて前をみれば、凛月くん、じゃ、ない、凛月くんによく似た赤い瞳の、

「っ、れ、零さん!?!?」
「うわ、びっくりした。いきなり大声出すんじゃね〜よ」

あっけらかんと笑う姿は凛月くんには似ていない。いや、似ているところもあるのだけど、なんだろう、オーラが、違う。

「ええと、水瀬サン?この店に凛月来てね〜か?」
「え……っと、きて、ない……です」

零さんからの質問に少し目をそらして答える。嘘をつくのは苦手だしまさか本当に聞かれるなんて思ってなかった。逃げ出したいくらいの気持ちを抱えながらも店員としてそんなことできるはずもなく、頭のなかはパニック状態だ。
あからさまにおかしな態度の私を見かねてか、零さんは小さく息を吐いた。

「そうか。じゃあまぁ、今日はそ〜いうことにしとく。凛月に会ったらたまには会いたいって伝えといてくれるか?」
「は、はい」
「ん。い〜こい〜こ。じゃあな」

ぽんぽん、と頭を撫でられる。この兄弟は頭を撫でるのが好きなのだろうか。にっと笑った表情は焦がれるほど眩しかった。

「……びっくり、したぁ」

ひらひらと片手を振りながら店を出る零さんを見送って、ようやく息を吐く。
不意に背中に重みを感じて振り返れば、赤い瞳。

「凛月くん」
「ゆ〜ちゃん、嘘つくの下手なんだねぇ。知らなかったよ」

私に体重をかけながらもくすくすと笑う凛月くんはそれでも不機嫌そうではなくて、とりあえずほっとする。

「でも、とりあえずありがと。ゆ〜ちゃんのおかげで助かった……♪」
「あんな感じで良かったんですか……?」
「百点満点には程遠い感じだったけどね。今日はもうここには来ないだろうし」

今日は落ち着いてお茶が飲める、と柔らかに笑う凛月くんの顔は、やっぱり零さんとは似ていない、気がした。

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