「あんた誰?俺の許可なしにゆうくんと話してるなんて生意気なんだけど」

容姿端麗、と言う言葉は彼のためにあるのかもしれない。そう思うほどに綺麗な子だった。
けれど出会いは、割と最悪だったように思う。

必ず定時で帰れるノー残業デーの水曜日。駅から少し離れたところにある廃れたゲームセンターへ寄るのが私の定番だった。
そのゲームセンターに最新筐体は少なく、代わりにワンゲーム50円でプレイ出来る穴場スポットだ。
有名なゲームセンターでもなく、商業施設内でもないそこは廃れているように見えて、知る人ぞ知る、この地域ではある意味有名なゲームセンター。こと格闘ゲームにおいては旧筐体の状態が良く、プレイヤーたちの間では熾烈な争いが繰り広げられているのだった。
かく言う私もプレイヤーの一人で、毎週50円玉を握り締めてくたびれたスーツのまま低い椅子に座っている。
何年も前からあるゲームだが、中々に奥が深い。コマンドを入力するだけが格闘ゲームではないのだ。
長年の利用で少し傷の付いたコイン投入口に50円玉を滑り込ませる。キャラクター選択はいつも同じ、金髪のナイスバディな女性キャラだ。憧れもあるけれど、ひとめで気に入ったブルーアイズのブロンド美女を使い続けてどのくらいになるだろう。
長いブロンドをポニーテールにした彼女を、指先で叩くボタンで操作していく。コンシューマータイプの物を家でプレイするのも良いけれど、やっぱりゲームセンターのコントローラーが一番彼女を綺麗に戦わせてあげられる気がするのだ。
勿論専用のコントローラーなんて物を購入した事もあるけれど、ゲームセンターの筐体に慣れた身としては軽くていけない。
そんな事を考えながらプレイしていると、画面に乱入者の文字が浮かぶ。向かい側の席に同じゲームのプレイヤーが座り、戦いを挑んできたのだ。
敵側に表示されたのは大和撫子を体現したような凛と美しい袴姿の女性キャラクターだった。
カウントダウンが始まり、ファイトのコールと共に対戦が始まる。じり、と間合いを詰め最初の一撃を繰り出したのは私の方だった。
見覚えのあるキャラクターと、相手の出方を伺うプレイスタイル。これは、きっと。

「真くん、あいっかわらず強いねー」
「いえいえ、さやかさんのやり込みには負けますよ!」
「結局勝ったの真くんじゃない、悔しいなぁ」

たまにこのゲームセンターで出会う少年とはかれこれ半年ほど水曜日だけ付き合いがある。
初めて乱入された時は不慣れな手つきだったのに、毎度同じキャラクターで乱入されて、しかもどんどん上手くなっていけば興味も湧いてくるものだ。
いつも対戦が終わるとコンテニューせずに離席する相手がどんな人なのか気になって、立ち上がって覗き込んだのが交流の始まりだ。
扱いにくいキャラクターを選んだ理由は、一番綺麗な人だったから、だそうだ。私が自分のキャラクターを選んだ理由と同じだったのが嬉しくて、話し下手そうな少年についつい熱く語り始めてしまった。
嫌がられたかな、と思っていたけれど、翌週の水曜日には向こうから対戦しませんか、と声をかけてくれた。それからずっと、水曜日に一戦を交える戦友として交流が続いている。

「もう一戦お願いしたいところなんですけど、んー、どうかなぁ……」
「用事でもあるの?」
「用事と言うか、嫌な予感が」

スマートフォンの画面を確認しながら、真くんが複雑そうな表情を浮かべる。メッセージアプリを開いて、新着がないことに胸をなで下ろしていた。嫌な予感、とは何だろう。
やるなら奢るよ、と50円玉を差し出して並んで座っていたベンチから立ち上がると、私を見た真くんがヒッ、と短い声を上げた。何が起きたのか分からず、どうしたのと訊ねてみれば、どうも真くんの視線は私ではなく、私の後ろにある。

「あんた誰?」
「はい?」
「俺の許可なしにゆうくんと話してるなんて生意気なんだけど」

掛けられた声に振り返って見れば、真くんと変わらないくらいの歳の男の子が仁王立ちしていた。それはもう、恐ろしいくらい眉間にシワを寄せながら。

「いっ、泉さん!この人は別に悪い人とかじゃなくて……!」
「俺はゆうくんに聞いてるんじゃなくて、この女に聞いてるの」

この女、と言う言葉にカチンときてしまった私は仁王立ちしたままの少年に一歩詰め寄った。
真くんのお友達だったとしても、初対面の年上の人間に対してあんただとかこの女だとか、言葉遣いが悪いにも程がある。

「君こそ誰よ、初対面の人に対して気遣いがなさすぎるんじゃない?挨拶の仕方は教わらなかったの?」
「さやかさんも落ち着いてください……!すいません、後で言っておきますから!」

一発触発の雰囲気を感じ取った真くんが慌てて立ち上がり、お友達であろう少年の腕を取って歩き出す。まだ何か言いたげな雰囲気だったが、真くんの興味が自分に向いたかと思うと、ころりと態度を変えて笑顔になっていた。

「ゆうくんから手を繋いでくれるなんて嬉しいな……♪」
「そう言うんじゃないから!……あの、さやかさん!また来週お願いします!」

手を繋ぐと言うよりは引っ掴んだ腕を引き摺られているのが正しい言葉だと思うけれど、嵐のようにやってきた少年は、真くんによってゲームセンターの外へと連れ出されて行った。

「何なのあの子……」

もう一度ベンチに座り直し、呟いてしまったのも仕方ない。
最悪の初対面だったこの少年と、まさかこれから水曜日に高確率で顔を合わせる事になるとは、この時は思ってもいなかった。