「先週はすみませんでした」

出会い頭に深々と頭を下げた真くんは、心底申し訳なさそうな顔をして頬を掻いた。

先週の水曜日にやってきたのは、真くんのひとつ上の先輩らしい。仕事が早めに終わった、と連絡が来てから嫌な予感がしていたと言うのだから、彼は真くんと約束をしていた訳でもないのに居場所を突き止めてやって来たことになる。
ストーカーなの?と聞けば、それは違いますと慌てて首を振っていた。

「つまり、一方的な仲良しさん」
「別に嫌いではないんですけど、幼馴染みたいなものと言うか、小さい頃から交流があって」

あまりにも幼い頃から知っているが故に、心配し過ぎて度を越した世話を焼き続けているようだった。
先週もわざわざ真くんを迎えに来ただけで、家に送り届けると、事情は今度聞くからとだけ残して帰って行ったらしい。
飲み終わったジュースのプルタブをかちかちと爪で弾きながら、これまた申し訳なさそうに真くんがこちらを見つめて、意を決したように唇を開いた。

「それで、あの、ある程度は説明したんですけど」
「どうかした?」
「泉さん、今から来るらしくて」

肺の中の全ての空気をかき集めて吐き出したかのような溜息を零した真くんは、少し遠い目をしていた。
今度聞く、とは私も含めてだったのか。何を説明しろと言うのだろう。
思わず私も溜息をついた頃、先週聞いたばかりの声が降ってきた。

「ちょっとぉ、許可なくゆうくんの隣に座らないでよ。どいて」

そうは言っても壁沿いに横並びにされているゲームセンターのベンチである。座って話そうと思えば隣になってしまうのは仕方のないことだけれど。
ここでまた声を荒らげてしまっても大人げないし、真くんを困らせてしまうのも本意ではない。
仕方なく四人がけくらいのベンチの一番端に移動すると、少年は私と真くんの間に遠慮なく腰掛けた。

「ええと、改めてこの人が泉さん、それからこっちのお姉さんがさやかさん」
「お兄ちゃんだって紹介はしてくれないの?」
「ややこしくなるから泉さんは黙ってて!」

真くんの方を向いている時はにこにこと歳相応の可愛らしい笑顔を浮かべているのに、こちらを向いた途端、品定めをするように目を細めてじろじろと見てくる。
初対面の人間を信用しろと言うのが間違いかもしれないけれど、どうも苛立ってしまう。

「兄弟なの?」
「違います!」
「違わない」
「あー!もう!!何なの!!」

よく見ればすごぶる美人だ、若いって良いなぁ。そんな事を考えて怒りを紛らわせながら、押し問答をしている二人を眺める。
兄貴分、と言うやつなのだろう。真くんにとってありがた迷惑であるのならば一言ぶん投げてやろうかと思っていたけれど、どうもそうでもなさそうだった。手馴れた掛け合いも、真くんが諦めて肩を落とせば嬉しそうに笑う彼を、本気で嫌そうな顔を浮かべている訳でもない。

「これからは毎週迎えに来るからねぇ」
「いらないってば!もう僕は子供じゃないんだから」

二人の会話を聞いている限り、彼は駅から離れた場所にあるゲームセンターに出入りしている真くんを心配しているようだった。
帰り道に何かあったらどうするの、なんて小さな子供に言い聞かせるように諭す言葉はどこまでも優しい。確かに過保護かもしれないけれど、どうやら悪い人でもなさそうだ。

「真くんは帰りの足が出来たと思えば良いんだし、泉くんは迎えに来たいならウィンウィンじゃない」
「それが嫌ならゲーセン通いやめてもらうからねぇ」
「ゲームはしたいし……まぁ、泉さんが暇な時だけ、なら。絶対無理してまで迎えに来なくて良いからね?!」

何とか決着がついたらしいが、真くんは少し不満そうだった。
隣の自動販売機で適当にコーラを買って、二人に一本ずつ手渡す。

「こんなカロリーの塊」
「コーラをそう呼ぶ人、初めて見た。まぁ良いじゃん、泉くんも真くんの趣味に付き合ってあげたら?ゲームを教えて貰えば、一緒にいられるでしょ?」

何なら私が教えようか、と冗談めいて言ってみれば、心底嫌そうな顔をした泉くんが眉間のシワを深くしていた。
結局泉くんはコーラに口を付けることはなかったし、その日にゲームをすることもなかったけれど。
あんたが変な奴じゃないことは分かった、と納得はしてくれたようだった。物凄く上から目線だったのは、吐き出さずに飲み込んでおいてあげよう。