01-02

 体育の授業の後は放課後。首の後ろで結わえていた髪のシュシュを取り、楽な格好で帰り道を歩く。

 我が家は学校から10分ちょっとで着く所にある。学校のレベルも考えたけど、やっぱり地元の学校の方が通学も楽だから、高めの偏差値だけど試験に受かって入学した。
 まさか次席になるとは思わなかった。これも両親の教育の賜物かな。

 両親と言えば……今日は珍しく家にいるらしく、寄り道せずに早く帰ってきて、と言われた。
 時々だけど、帰る途中で買い物に行っている。けど、今回は普通に帰宅した。

「ただいまー」

 両親の趣味が詰まった二階建ての欧州風の家。敷地も一般より大きく、部屋も広い。
 掃除は大変だけど過ごしやすい家に入り、リビングに行く。

 明るい内装のダイニング兼用のリビングに入ると、両親がアイボリーのソファーに座っていた。そして、その向かい側のソファーにお客様らしい男女がいた。

「おかえりなさい、怜」
「帰りました。ごめん、すぐ上がるね」

 お母さんに挨拶を返して、お客様のお邪魔にならないようにリビングから出ようとした。

「待ってくれ、怜」

 けど、お父さんに呼び止められた。
 立ち止まって振り向けば、お父さんはダイニングテーブルに備え付けている椅子を指差した。

「大切な話があるから、ここにいなさい」
「え……私がいても大丈夫なの?」
「むしろいてくれなければ困る」

 ……初めてかもしれない。お客様がいるのに、私がいてもいいとか。

 私は言われた通りダイニングの椅子に座り、軽く会釈する。

「はじめまして。若桜怜と申します」
「ご丁寧にありがとう。俺は綾崎祥あやさき しょう。こちらは妻のめぐみだ」

 祥さんは日本人らしい黒髪黒目の、和風美人な眉目秀麗。

 恵さんはハーフなのか、アッシュブラウンの髪に橙色の瞳が特徴的な美人さん。

 美人夫婦と言っていい綾崎夫妻の名前を聞いて、お父さんが話し出す。

「二人は俺達の学生時代からの友人なんだ。今日から二人の息子さんと、二人で住んでくれ」
「……はい?」

 え、待って待って……何で? しかも今日? いきなりすぎる。
 じゃなくて!

「どうして?」
「実は私達、海外へ出張に行くことになったのよ。長期だから、いつ帰国できるかもわからなくて。怜一人じゃ心配だから恵ちゃんに相談したら、息子さんを貸してくれるって」
「いやいや……本人の意思は?」
「大丈夫よ、怜ちゃん。ちゃんと了承してくれたから」

 笑顔で言ってくれた恵さん。でもなぜか、その笑顔に翳りを感じた。

「……息子さんって、何かあるんですか?」

 感じたことを口に出せば、綾崎夫妻は驚き顔になり、それぞれ複雑そうに笑った。

「怜ちゃんには隠し事できないようだな……」
「……そうね」

 私って人間関係は不器用だけど、人の感情の機微には敏感みたいだから。
 何かあるのだと感じたことは、間違いではなかったようだ。

 静かに待っていると、祥さんが言った。

「実は、うちの息子は人間不信で人間嫌いなんだ」
「え……それって、大丈夫なんですか?」
「生活に関しては大丈夫だが……」

「違います。人間不信で人間嫌いなら、他人である私といると気が休まらないですよ。ストレスで倒れたりしたら、息子さんがつらくなるだけです」

 私は経験したことがないけど、経験談は聞いたことがある。
 他人を信用できないほど忌み嫌う。重度の場合、傍にいるだけでも吐き気がする人だっている。
 心に障害を抱えている人と会ったことがないから、私といると不快に思うかもしれない。

 息子さんに対して心配していると、二人は目を丸くして、泣きそうなほど嬉しそうな顔をした。

「怜ちゃんは優しいのね」
「え……そうですか?」

 小首を傾げると、「優しいわよ」と恵さんは言った。

 相手を思い遣ることは普通だと思うんだけど……。

「今回の同居を提案したのは、息子の人間嫌いを克服させたいからなの。怜ちゃんに迷惑かけちゃうけど、うちの息子を頼みたいの」

 ……物凄い大役を押し付けられてしまった。しかも、不安要素が盛り沢山。
 少し眩暈めまいを感じて、思わず小さな溜息を吐いてしまうけど……。

「……私では荷が重いですけど、同居は受け入れます。でも、本人が限界を感じたら、計画は中断してください。無理にしたら、心が壊れますから」

 私はいろんな意味でゆとりを重視している。
 勉強も、生活も、人間関係も。
 無理をしたらストレスが溜まって、やりたいこともできなくなる。
 だから、私はゆとりを大切にしている。両親も、そうやって育ててくれたから。

「わかった。怜ちゃんの言う通りにしよう」

 少し驚き顔になった祥さんは、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
 お父さんとお母さんも、穏やかに笑っている。

しんくんとりんちゃんの娘さんはいい子ね。羨ましいわ」
「自慢の娘だもの」

 慎は私のお父さんで、凛は私のお母さんの名前。
 ほのぼのと言い合っている二人を見ていたら、インターホンの呼び鈴が聞こえた。

「怜、迎えに行ってきなさい」
「あ、うん」

 お客様……じゃなくて、息子さんの方かな?

 お父さんに言われて玄関に行き、ドアを開ける。
 すると、そこにいたのは……信じられない人物だった。

 首あたりで整えた髪の毛先は猫っ毛で、母親譲りなのかアッシュブラウン。
 切れ長で凛々しい橙色の瞳は怜悧で、理知的な印象を与える。
 小顔だけど男らしい輪郭で、高すぎない鼻と薄すぎない薄ピンク色の唇の形を見て、外国人じゃなくて日本人の風貌に見える。
 身長も180センチくらいありそうで、手足は長く、細すぎない体躯。
 ジャニーズ系と表現しても過言ではない秀麗な顔立ちは、絶世の美貌とも言えた。

 しかも、彼が着ている学生服は、私が通っている学校のもので……え、マジか。

「……えっと、どうぞ」

 通りやすいように道を開ければ、青年とも言える美少年が家に入った。

 ……間違いない。あの子、クラスメートの綾崎つばさだ。

 いつも無口で、親友である一人の生徒以外と話しているところを見たことがないほど他人を寄せ付けない。
 いろんな人から告白されているようだけど、すべて辛辣に拒絶しているから、ついたあだ名は「氷の王子」。
 ただし、それは女の子限定。男子からは「冷徹な帝王」とか言われているそうだ。

 私から見たら手負いの一匹狼だけど、女子から見ると容姿も相まって王子になるらしい。

 ちなみに学年トップの成績を誇る。新入生代表の挨拶も彼が務めた。スポーツも得意で、抜群の運動神経を誇るらしい。それでも体育の授業で積極的にやっているところは見たことがない。

 これは紅羽から聞いた情報だから、間違いない。

 まさか綾崎くんが同居人だなんて……誰も、思うわけないでしょ。

 リビングに案内すれば、祥さんは「遅かったな」と声をかけた。でも、反応はなし。

「君が翼くんだね。今日から娘をよろしく頼むよ」
「……」

 好印象を持たせる笑みで挨拶したお父さんだけど、綾崎くんはそっぽを向いた。

 これは……かなり手強いだろうなぁ。



 こうして、私の多難な日常の幕が上がった。


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