最愛の家族


 実家である神条家に呼び出された詩那は、帰る前にある人物を探す。

 目を閉じて意識を屋敷全体に広げれば、霊力を秘める多くの門下生の気配を感じ取ってしまう。
 しかし、意識を凝らしている内に、探し求めていた強い霊力を掴み取り、目を開いて玄関の方へ足を運ばせる。

 速めの歩調で玄関近くの広い空間に出ると、一人の少女と少年が少し離れた位置で固まっていた。

 少女は詩那と瓜二つの容貌だが、詩那と違って髪は肩甲骨で整えられ、頬にかかる髪を残して銀製のヘアリングで首の後ろの位置で束ねている。

 少年は詩那と同じぐらいの身長だが、顔立ちは中性的で、可愛さと格好良さを掛け合わせた綺麗な顔立ちをしている。うなじを隠すほどの黒髪は詩那と同じく光沢を帯びるほどの美しさを持つ濡羽色。凛々しい形をした目付きに似合う瑠璃色の瞳。

 少女の名前は詩良しいら
 少年の名前は柊瑠のえる
 詩那の一番大切な家族で、血を分けた妹弟。

 目を見開いたまま固まってしまっている詩良と柊瑠に、詩那は懐かしさから満面の笑顔を見せた。

「久しぶり。詩良、柊瑠。元気にしてた?」

 変わらぬ笑顔で普通に挨拶すれば、固まっていたはずの詩良は瞳を潤ませ、柊瑠は口を引き結び、勢い良く詩那に抱きついた。

「うわっ、と……。……ごめんね。なかなか会えなくて」
「……姉さん、何で来てんの」

 詩良の思わぬ言葉に、詩那は軽く目を見張る。

「ここ、嫌いでしょ。姉さんには無理して来てほしくなかったのに……」
「……本心は?」
「会いたかったに決まってんだろバカヤロー!」

 男勝りな口調で叫ぶ詩良に、詩那は嬉しくなって笑う。

「私も会いたかったよ。柊瑠は?」
「僕だって……。でも、姉様。どうして本家に? もしかして祖父様に呼ばれた?」

 形の良い眉をキュッと寄せる柊瑠の的確な疑問に、詩那は苦笑で肯定こうていする。
 察した二人は、不機嫌そうに頬を膨らませる。

「祖父ちゃん、いつかしめるっ」
「その時は僕も一緒だよ、姉上」
「当然」
「おーい、犯行声明しないでー。仮にでもお祖父ちゃんなのに……」

「「関係ない」」

「わお、息ピッタリ」

 詩良の悪態に便乗する柊瑠。それに突っ込みを入れた詩那はクスクスと笑った。
 ちなみに詩那は棒読みだったが、二人は突っ込むことはなかった。

「ていうか、今帰るとこ?」
「うん。洗濯物が湿気たら大変だし」
「……そっか。姉様、一人暮らしで大変だし、引き留めるのもいけないよね」

 詩良の問いに答えると、しょぼん、と軽くうつむく柊瑠。
 柊瑠の中身は、昔とあまり変わっていない。それでも少し前まで自分達より低かったのだが、あっという間に目線が近い所まで成長した。

 時の流れは早くて、離れていた分だけの空白が広がっていく。
 一抹いちまつの寂しさを覚えた詩那は、落ち込んだ柊瑠の頭を撫でる。

「連休……は、難しいから、夏休みになったら遊びに来る?」

「「行く」」


 嬉しそうに即答した二人の反応を確認して、詩那はにこりと笑う。
 ふと、詩那はかげりのある表情で二人に訊ねる。

「修祓師の仕事で辛いこととか起きてない? 大きな傷、作ってない?」

 今まで溜め込んできた心配が口からこぼれる。

 詩那と違って本家に引き取られてすぐの頃に修祓師としての力が開花した詩良と柊瑠は、下積みが整わない内に戦場に駆り出された。
 初陣で大怪我を負った名残である、所々が破けて血が染み込んだボロボロの浄衣じょうえの姿で帰ってきた時は心臓が止まりかけた。
 中でも詩良は致命傷と言っても可笑しくないところを深く傷つけられたようで、その一点が赤黒く染まっていたのだ。

 幸いにも詩那が神仏にこいねがって加護を込めたお守りのおかげで、瀕死ひんし直前で全ての傷を癒すことができた。そのおかげで隙を見せた敵に致命傷を負わせて倒すことができた。

 あの時のような怪我をしていないか。仕事先で辛いことが起きていないか。トラブルに巻き込まれていないか。
 沢山の不安と心配が溢れ出して、詩那は二人を強く見詰める。

 訊ねられた詩良と柊瑠は、真剣な眼差しに圧されてぎこちなく頷く。

「怪我は……残らない程度なら、たまに……」
「でも、仕事先で要人の護衛が、ちょっときつかったな……」

 柊瑠が控えめに、詩良が苦々しい感情を込めた表情で告げた。

 昔は、ただ大丈夫だと言って詩那を遠ざけようとしていた。しかし、それでは余計な心配をかけるのだと諭した甲斐があって、今では少しだけでも話してくれるようになった。
 大きな進歩に喜びと、ちゃんと話してくれたことに安心感を覚えた。

「……よく頑張ったね」
「慣れたからな」
「それは駄目。痛いことも辛いことも、慣れてしまったら心が壊れている証拠だよ」

 安心させるように言う詩良に細い眉をぐっと寄せて諭すと、二人は瞳を揺らす。

「無茶は良いけど、無理は駄目。私にも言えることだけど、二人は特に……ね」

 離れている所為で心が遠くなりそうな不安が押し寄せてくる。
 詩那は、壊れそうな二人の心を繋ぎ止めるように願いを告げる。

「泣きたくなったら……弱音を吐きたかったら電話すること。もし出られなかったらメールして、思いっきり吐き出して。そばで支えられない分、いっぱい聞いてあげるから。だから……心を壊すようなことはしないで」

 そっと二人の頭を撫でて、ギュッと抱きしめる詩那。優しい温もりと切なくなる抱擁を受けた詩良と柊瑠は、泣きそうな想いを抑えきれず強く抱きしめ返す。

「……ん。ありがと、姉さん」
「姉様の言う通りにするよ。嫌なことがあったら、ちゃんと連絡するから」

 しっかり想いを返した二人の湿っぽい声に、詩那はようやく安心して二人を離した。

「もっと話したいけど……ごめんね」
「いいんだ。久しぶりに会えて良かったよ」
「夏休みは僕達から行くんだし、謝らないで」

 詩良の笑顔と柊瑠の気遣いが心に沁みる。
 二人の温かな想いを感じた詩那は、ありがとう、と穏やかな笑顔で言った。





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