* 序章 *
ふわり、ふわりと漂う。
平衡感覚が狂いそうな暗闇の中で、何かが意識の中に入ってきた。
『対価を差し出せ。さすれば生まれ変わることを許そう』
厳格な態度の声の主。正体がわからないが、彼女は受け入れた。
「私が存在した事象を払う」
世界で自分を愛してくれた人達の心や記憶に残らないように。
悲しませたくないし、人生を狂わせたきっかけでもある自分が世界から消えて欲しかった。
『いいだろう。相応の力を与え、送ろう』
厳然としているが優しい声音が聞こえた瞬間、意識は深く沈んだ。
◇ ◇ ◇ 風を感じる。木の枝が擦れ合う音が聞こえる。
目覚めると、淡い白銀の光と蒼穹が視界に映った。
淡い光は雪。光を受けて降り注ぎ、風に乗って舞い踊る光。
驚いて起き上がると、自分の服装の違いに気づく。
裾幅が広く、上品に雪の結晶の花を散らした白地の振袖を淡青色の帯で締めている。
体の凹凸感もくっきりとしており、18歳に見えなくもない体型。
寝転んでいた氷の花を咲かせた巨樹の枝から立ち上がると、綺麗な景色を一望できた。
空の彼方まで澄み渡った蒼穹から降り注ぐ雪は美しく、所々に樹氷がいくつも聳え立っている。
奥にある広大な湖は不思議と凍っていなく、美しい青空を水面に映している。
その奥の、チオノドクサという花がちらほらと咲く雪原は、光の反射でキラキラと輝く。
心を奪われるほど美しい銀世界。
穏やかな心地になる雪原の幻想郷を眺めていると、意識が遠退いた。
頭がくらくらする中で目が覚めた。
ゆっくり瞼を開くと、見知らぬ部屋の天井が映る。
自分がいる場所は、ふかふかなキングサイズのベッド。
艶のあるイタリアンクラシックのアンティーク家具が揃った部屋。
見覚えのない室内に疑問を持って、確認しようと体を起こす――と。
「え……?」
体が、変わっていた。
色白の肌と、幼い体躯。所謂幼女体型。
鏡を見ると、顔も、髪も、瞳も、何もかも変わっていた。
「いっ……たっ……!」
不意に、ズキッと鋭い痛みが頭に走った。走馬灯のように流れてくるのは、記憶。
この生になってからの記憶――
「転生……?」
覚えのない死。
夢かと思ったが、あの不思議な夢で転生したのだと自覚した。