嫉妬
又、新しい、着物。時恵と出会ってから、一度として同じ着物を見た事は無かった。別に、贅沢をしている訳では無い。欲しいから買っている訳では無い。気が付けば、増えている。気が付けば、箪笥が閉まらない。自分の金は無い。かと云って時恵の金でも無い。時恵の周りに居る物の金。あるのに着ない方が余程贅沢、余程可哀想、そう時恵は笑う。
上の人間が贅沢に目を肥やし貪り、一方で間伐だ何だと国民が飢えている様、嫌でも目に入る。其れに怒りを覚えているのは、重々承知。
だが、此の感覚は、一体何なのだろう。貧富の差に怒るのとは又違う、怒り。
「変わった、着物だな。」
光沢のある、滑らかな着物に目を遣り乍ら、煙草に火を点ける。
「絹、ですわ。御兄様が、…又。」
溜息を吐く。兄の溺愛っぷりに、互い、頭を抱える。
「在の御兄様も、懲りないな。」
呆れを過ぎ、笑いが出る。しかも其れは、苦笑。
「根は悪く無いのですが。」
「…其の、髪留めもか。」
上げた髪の毛に映える、金色の髪留め。花弁一つ一つに気持が込められ、何とも見事な代物だ。其れを触り、少し笑う。
「いえ、此れは時一が御礼にと。色の濃い着物は時一にあげてますの。直せば着れますから。」
「時一君がか。何故。」
情景を思い出し、嬉しそうに話す。そんな時恵に、不思議な感情が生まれる。
「ほら、在の子。ワタクシと同じ顔に御座居ましょう。袴を履いていても、男装と思われて。ふふ。殿方から頂いたそうですのよ。」
くすりと笑う。吸ってもいない煙草の灰が、虚しく落ちた。
「…仲が、良いな。」
「ええ、とても。」
其の笑顔にさえ、不思議な感情が生まれる。感じた事も無い、感覚、感情、気持悪かった。
煙草を消すと、見計らった様に時恵は席を立ち、棚から物を出した。
前に置かれた、桃。甘い匂いがする。
「此れは。」
「兄上が下さいましたの。兄上が私に下さる物と云えば、甘い物だけですわ。私の事を、家畜か何かと間違えてらっしゃるのかしら。」
笑い乍ら、悪態を吐く。
又。
又だ。
胸が締め付けられる様な、其れでいて、苛立つ、此の感覚。其の感覚を押さえる様、桃を、噛み潰した。
「如何でして?」
「…旨いよ。」
「流石。兄上ですわ。」
妖艶な笑みを浮かべし、此の女。一体、誰何だろう。
「…時恵。」
「は、い。」
低い声に、時恵は少し驚き、龍太郎の顔を覗いた。
「如何か為さって。」
「やる。」
「御口に合わなくて。御免為さいね。」
「くれてやる。」
「御茶、持って参りますわね。」
急いで持って来様と、背を向けた時恵の手首を、強い力で掴んだ。少し後ろに傾き、倒れそうになる。
「龍太郎、様。」
「御前が望むなら、全部くれてやる。金も着物も髪留めも、全て。何もかも。」
「龍太郎様。如何為すっ。」
掴んでいる手に力を入れ、引く。時恵の身体は簡単に崩れ、腕の中に納まった。見上げる其の顔にそっと唇を重ねた。時恵は一瞬何が起きたか判らず、唯、目を開いた。唇を重ねた侭、龍太郎は掠れた声を出し、囁いた。
「愛してる。」
「龍太郎様…」
「何を差し出したら、御前は、喜ぶ。如何したら…」
周りの誰よりも時恵を愛しているのに、何をしたら喜ぶか判らない。自分は判らないのに、周りの人間は其れを知っている。其れが疎ましく、羨ましく、何故自分には判らないのか龍太郎は知れず苦悶した。
此の感情は、一体。自分を支配する、此れ。気味が悪い。
判らず、苦しさを消す様に強く抱き締め、解放した。
「龍太郎様。」
「済まない。」
「龍太郎様。」
無言。
時恵は、そっと頬に手を添え、笑った。
「御慕い申し上げて居りますわ。」
「嬉しい事を。」
龍太郎は、微かに笑った。
独占欲と嫉妬。
龍太郎には、未だ知らない、感情であった。
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