考え
机に足を乗せ、龍太郎は息を吐いた。手に持っていた書類を床に捨て、鼻で笑う。
「…戦争、か。」
興味無さそうな、拓也の目が動く。二人に睨まれた部下は、言葉が出ず、視線を落とした。
「冗談じゃない、戦争等しても、無意味なだけだ。」
「俺も、同意見。」
龍太郎は立ち上がり、困惑し俯く部下の胸を突いた。
「俺は戦争に反対だ。やりたければ関係させるな。そう、伝えろ。」
「俺の所もね。」
二人から紫煙が上がる。無言の二人に部下は額から汗を流し、此処にも居れず、かと云って元帥に報告しに行く訳にも行かず、目を仕切りに動かしていた。此の二人から良い答えが来るとは思って居なかった。居なかったが返事を貰って来いと云われた。
板挟み状態の困る部下に、拓也は龍太郎を見て、やれやれと肩を上げた。
「大体、戦争って、御前。意味判ってる?」
拓也の声に、びくりと身体を強張らせた。こんな気の弱い奴に頼む、上の気が知れない。
「自分は、唯、伝えに来ただけですから…。」
小さな声で云う部下に、拓也の足が伸びた。大事な事なのに、何故、自分の意見も云えない人間に伝達を頼むのか。
「御前、自分の気持は無いのか?其処に。」
其の威嚇に、相手は竦み、床に座り込んだ。
「判りません…。何が良いのか悪いのか。自分は、上から云われた事を、する次第です。」
「あのなぁ…」
「井上、止めろ。」
部下の態度に呆れる拓也。少し怒っている様感じられるが判らない。しかし現に龍太郎は腹立たしい。
「良いか、良く聞け。戦争ってのはな、命が代償なんだ。御前が女で、大事な人間の命が、御前が云う上の奴等の所為で、消えていったら、御前は、其れでも、仕様の無い事で済ませるのか?良く考えろ。良いか悪いか。」
「何で戦争が悪いか、考えた事あるか?」
拓也の言葉に、部下は首を振った。
「歴史上、此の世界は戦争を繰り返してる。日本だけじゃない。何処でもだ。結果が良くても、其の裏には、何がある?奪われた命より多い、憎しみと悲しみがある。繰り返しちゃ、いけないんだ。俺の云ってる事、判るか?」
「えっと…詰まり…」
「……御前、頭悪いな…」
深い溜息が漏れる。龍太郎は、怒りの余り何も云えないで居た。又暫くの無言が続き、ドアーから、笑う声と拍手が聞こえた。
「無意味な熱弁、御苦労。本郷に井上。」
声の主に、本郷は舌打ちをした。
陸軍元帥、木島和臣。大方、戦争を云い出したのも、此の男だろう。
「又御前か。」
拓也の言葉。
「元帥に対する口の聞き方が、なってないな。井上。」
「生憎、木島さんを大将さんと思った覚えは無くてね。」
和臣は笑い、龍太郎の椅子に座った。
「何を反対している。御前達が死ぬ訳ではあるまい。御前達は此処に座って、見ていれば良いだけの事だろう。」
机から煙草を取り、火を点ける。矢張り其の顔は、薄く笑っていた。其の態度と其の言葉に、龍太郎の怒りが頂点に近付く。
「ふざけるな。」
机に手を突き、咥えていた煙草を取り上げ、床に落とした。
「見ていれば良い?貴方は、何を考えているんだ。」
笑う。
「私は、其れが嫌だと云ってるんだ。良いか、俺達が、一言云うだけで、人間の命が消えるんだぞ。其れが如何いう意味か、判っていらっしゃるんですか。」
「戦争等、今迄も、此の日本でも繰り返してきた事だろう。江戸幕府の崩壊もそうだ。そうして、日本は繁栄した。」
「俺は、今の戦争のあり方が、気に入らないんだ。指揮を出す人間が、のうのうと座って、まるでゲームを楽しむ様に。そんなに戦争がしたいのなら、元帥。貴方が自ら戦場に立って、為さったら如何です。其れなら私は、文句を云いません。」
龍太郎の熱さに和臣は冷めた様に鼻で笑い、背凭れに背を預けた。
「戦争をしないと、此の国は滅びるんだ。見ず知らずの人間の命より、此の国の存続の方が、大事だ。」
椅子を揺らし、背凭れを見せる。
「一寸待て、こら。」
今迄黙っていた拓也の顔が、険しい。理不尽な和臣の発言は、普段は温厚な拓也を憤怒させた。勢い良く椅子を反転させ、和臣を睨み付けた。
「さっきから聞いてりゃ、アンタ。人の命なんだと思ってんだ、あ?動く人形じゃねぇんだよ。」
「井上。」
和臣に詰め寄る拓也を、龍太郎は止めた。其の怒りが、身体を通し、怖い程伝わる。
「アンタ、人を本気で愛した事が無いだろう。」
そう云う顔は、笑っている。
「何を訳の判らない事を。だったら如何した。」
「可哀相な男だな。」
「何だと?」
今迄笑っていた和臣だが顔色を変え、腰を浮かした。
「だから、こんな惨い事、平気で云えるんだ。俺達の所為で、関係の無い人間の愛する者が死ぬんだ。其れを考えた事あるのか?アンタは、見ず知らずの人間の陳腐な命と云うけど、其の命を愛してる人間には、何よりも大事な物なんだよ。アンタが、この国を思う様にな。自分の命より大事な人間が死んだ時の気持ちが、アンタに判るのかよっ。」
「井上、もう良い。俺が云う。」
止めに入る龍太郎の声は耳に入っていないのか、拓也は和臣の肩を掴み必死に続けた。
「だから俺は戦争が嫌だと云ってるんだっ。俺達が座ってる時、人が死ぬんだっ。人が一人死んだだけで、何人の人間が戦争を憎み、其の人を思って悲しむと思ってんだ、馬鹿野郎っ」
「云っていろ。」
此処迄云っても判らないのが、此の元帥だ。掴まれた肩を疎ましそうに振り払い、其の行動に龍太郎の怒りは頂点に達した。
「木島さん。もし戦争を始めるのなら、俺は時恵を連れて、戦場に向かいます。そして宗一さんを、軍医として迎えます。」
「二人は関係無いだろう。」
「其の関係の無い命を何とも思わないのが、貴方のおっしゃる、戦争でしょう。戦争で人が泣くのは、負けたからでは無い。二度と帰って来ない人間を思って泣くんだ。貴様も其れを、知りたいか。」
龍太郎の目に、和臣は笑った。
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