兄弟


背も低く、時恵とそう変わらない。
髪の色も同じで、後ろから見たら、区別付かなかった。
左顔面は、白い包帯に巻かれ、其の下は、醜い火傷痕に覆われている。
右顔面は女の様に愛らしいが、左顔面は無い物とされている。
潰れた眼に、光は届かない。
細い其の腕に力は無いが、頭は有る。
一度、見た物聞いた物は忘れる事無く、全て頭に入っている。
大人しいが、怒ると手が付けられない。だが、憎めなかった。
「中々、痕、治らへんなぁ。」
痛々しそうに見られるのには慣れている。
「別に困りはしませんよ。」
「せやかて、女、寄り付かへん、やろう。」
「別に―困りはしません。でしょう。」
絡んだ視線。
視線を外し、気休めの薬を塗る。
鼻に突く、薬品の臭い。
慣れてはいるが、とても好きにはなれなかった。
「此の処方の仕方、あかんのかいな。」
「兄上が悪い訳では、ありません。僕の火傷がしつこいのでしょう。」
手を拭き乍、長兄は繁々と見詰めた。
「でも、少しは薄ぅなったなぁ。」
「大分、の間違いでしょう。兄上は、完璧過ぎます。」
「御前に云われたら、よぅ敵わんなぁ。」
「兄上が居なかったら、此の火傷は、今より酷いでしょう。」
「おおきにな。」
自分で包帯を巻き、鏡で確認し、長い前髪を乗せた。
火傷が出来てから、髪型を変えた事は無かった。
「一層、金髪にでもしようかなぁ。」
「何でやの。目立つで。」
「だから、ですよ。視線が、上に行くじゃないですか。」
綺麗に笑った顔。
気にしていない訳無いのに、笑う顔は、見ている此方が痛かった。
鏡を置き、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、僕は、姉上の処に行ってきます。」
「―デートかいな。」
「まぁ、そんな処です。」
「羨ましいなぁ。」
動いた黒目。其の目に、長兄は、心の臓を捕まれた気持になった。
咥え様としていた煙草が、止まった。
「其れは、遊んでいるばかりの、僕が、ですか。其れ共、僕とデートをする、姉上が、ですか。」
ゆっくりと上がる紫煙。煙が目に入ったのか、目を擦った。
「うちに、云わすんか。」
「たまには、聞きたいものですね。」
「ほんに、敵わんなぁ。」
近付き、長兄は、身を屈めた。
―が、触れるか触れないかの距離。
目を瞑った。
しかし、ツいた先は、包帯だった。
「うちは、恥ずかしがり屋さんなんや。堪忍な。」
「兄上。」
伸びた細い腕は、首に絡んだ。
「早ぅ、帰って来ぃな。寂しゅうて、死ぬかも判らん。」
「御多忙の癖に。」
白衣から香る、薬品の匂い。
其れは、自分とは違う匂いがした。
とても、とても愛おしい匂いがした。




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