麗しき事実


ペンを触り、呟いた。
吐いた処で如何かなる訳では無いが、吐かないと如何にかなりそうだった。
傍に居ない、愛しい者の名前を。
「うかんむりに、示す。に、一。」
漢字の意味に、口角が上がる。と同時に、左顔面が熱く疼いた。
鎮める様に触り、手からペンが落ちる。しつこい其の感覚に苛立ち、前に置いてある椅子を蹴飛ばし、自身も椅子から立ち上がった。
右目から涙が溢れ、呻き声を発し、包帯を毟った。
「どない、してん。」
暖かい手が顔を包み、身体が大きく跳ねた。其の侭引かれ、包まれた。
「時一。」
「あに―。」
優しい其の声に、全てが驚く程一瞬で鎮まり、視界が開けてゆく。
「時一――――。」
再度、耳元で囁かれ、身体から力が抜け、背中に感じる体温に、全て預けた。
床に座り込み、髪を撫でられ、何度も名前を呼ばれた。自分も、呟き乍ら。
「ようし、ようし。良ぇ子良ぇ子。」
優しい声と、暖かい体温と、愛しい匂いに、自然と瞼が下がる。包帯が解かれ、優しく、唇が触れた。




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