雨上がりの世界に架かる橋


夢から覚めた其の時、僕は愛を見る。雨上がりの空気は独特な匂いで、此れは愛に似て居た。
天気雨、僕は此れが大好きで、理由は兄上に似て居るから。
熱に浮かされた身体はざあっと雨に打たれ、目を開ければ太陽があった。
此れは兄上との愛の行為に似て居た。
僕の厚い唇を揺らし離れる薄い唇は、雲が流れるみたく緩やかに動く。垂れた目が細く閉じるのは、雲の間から抜ける光に見えた。
「Embrassant, et aimant...」
「Oklahoma...」
互いの毛先が重なり、唇が重なり、感情が重なった後は身体を重ね合った。
何度も、深く。
糸が切れて仕舞わない様に。身体に其の糸を巻いた。
僕達が愛の行為を為す時、其処に日本語は無かった。
僕は理想として居たのかも知れない、仏蘭西文学の愛の世界を。在の世界は確かに、僕に永遠の愛の見方を教えてくれた。
「Embrasse-moi...」
もっと、もっとベーゼをして。
そして愛して…………
赤色ローゼの蝋燭が、僕の身体感情の如く溶ける。花弁を溶かし、机に赤い痕を付ける。そして兄上も僕に赤い痕をくれる。蝋燭が完全に溶けた時、其の長い愛の行為は終わる。
地面が雨で柔らかさを変える様に、湿った空気が匂いを変える様に、蝋燭が形を無くす様に、僕達の愛は変わる。
僕の身体みたく未だ芯が熱い蝋燭に触れ、指先に其の赤さを付けた。雨跡を赤い指先でなぞり、葉に溜まる水滴の眩しさに目を細めた侭、見上げた青さに眩暈を覚えた。
薄い色に重なる鮮血に似たルージュ。
「嗚呼、兄上、arc-en-cielです。」
「虹て日本語でゆうてな。仏蘭西語、頭痛なんねや…」
雨が引く様に、何方かがベッドから引けは世界は変わる。
「…独逸育ちだからですか?」
「日本育ちですから。日本人。」
「寝言、偶に独逸語ですよ。」
「嘘や…」
愛から覚める様に窓硝子にへばり付いた蝋を爪で削った。冷えた蝋は机で無数の細かい滓と成り、見た視界に入った僕の胸元は似て居た。
兄上の頭の中には沢山の世界がある。此の蝋みたく幾つもの小さな世界が集まり、僕の居るべき世界を作ってくれる。此の空に掛かる色取々の橋が、其の世界への道。でも少し、其処迄は高いから、雨の時に差した傘を、開いて僕は兄上の世界に下りる。そう、薔薇の花弁みたく。
「Ich liebe dich.」
「おおきになぁ。」
果たして其処は、日本か独逸か、将又仏蘭西か。
通り雨みたく短いクスをした。




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