アナタ


僕の手には、大き過ぎる程の、兄上の手。
二周り近く離れた其の手は、僕の手等とは、全くの正反対に強く、大きく、そして、暖かい。
広い背中、広い肩幅、長い手足、低い声。
兄上の全て、僕とは正反対で、羨望と嫉妬が入り混じる。
僕も、やがて、こんな素敵な大人になるのだろうか。
「さっきから、視線、痛いなぁ。」
背中越しに見ていた僕を、兄上は云った。
「そない見んで欲しいわぁ。」
「済みません。」
申し訳無くなり、同時に怒られている様で、項垂れた。
眼鏡を机に置く音が聞こえる。
マッチを擦る音。やがて、紫煙が上がる。
「そんなに見詰めて、何か発見はあったかな、時一君。」
訛りの無い言葉で、兄上は云う。
「いえ、何も。」
「あらら。」
兄上は笑って、椅子から立ち上がった。
僕の傍に来ると、座っている僕の前に膝を屈し、手を握った。
「うちは、発見あったけどな。」
「其れは、何ですか。」
僕は笑って、其の手を引き寄せた。
「時一の事を、如何しょうもなく好きな事。」
笑う兄上に、僕も笑った。
「そうですね。僕もそうです。」
「相思相愛やな。」
「勿論です。如何仕様もありません。」
口に広がる、煙草特有の味に、僕はそっと目を閉じた。




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