縫いぐるみと少女


街を歩いている時、見付けた。小さなこじんまりとした店の窓辺に其れは座っていた。店の大きさと其れが、余りにも対照的で、不自然で、目が奪われた。くりくりとした黒い目を持ち、琥珀色の毛を流す、犬の縫いぐるみ。即座私は其れを彼女と重ねた。暫く眺めていると、窓から女が顔を出し、私と目が合うと笑い掛けてきた。無視をし足を進め様としたが何だか後ろ髪引かれ、気付いた女は縫いぐるみの手を持つと上下に動かした。
別に、其れが欲しい訳では無い。彼女に似ていたから見ていただけ。
女は勘違いしているのか、店に入った私に其れを私に向けた。近くで見ると、本当に大きい。持つ女の上半身は其れに隠れている。
「愛らしゅう御座居ましょう。」
矢張り手を上下させ、黒い目が私を捉える。
「ええ、とても愛らしい。」
「贈り物に如何で御座居ましょう、加納元帥。」
頭を撫でていた手を止め、女の目を見た。本当に買って欲しそうな目をしている。聞けば其れ、一年以上其処に、窓辺に座っているが、皆見るだけで、全く気配を見せないと云う。偶に子供がねだりを見せるが、其の金額に親は首を振る。結果、一年以上自分と過ごす可哀相な羽目になった、そう眉を落とした。
確かに高額だ。平凡な人間なら苦しいかも知れない。値引きでもしたら売れると私が云うと女は寂しそうな顔で息を吐いた。
「折角海を越えて来たのに、其れは可哀相で。其処迄して私は、彼女を売りたくは御座居ません。」
此の値段は正当で、値引きをし価値の判らない人間に買われる位なら自分の元に置いておく、そう云った。
「彼女は、女王陛下が御亡くなりになった時、作られた代物です。」
「女王陛下?」
聞けば此の縫いぐるみ、ポメラニアンという犬種らしい。私は益々何かに引っ掛かり、其れを見た。
黒い目は硝子で、一杯に私を映す。其の情景はまるで、彼女の目に移る自分を見ている気分だった。
女王陛下、ポメラニアン、海。
其の単語で、其れが一体何処から来て、何故私の心を掴んだか、全てが判った。
其れを買ったのは、当然な話だと思った。
全く貴女は本当に、私を翻弄させるのが好きですね。




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