紳士か獣か


此の歳で芸者遊びをする自分は大概だと思う。父が贔屓をして居た店の芸者で、勿論、ワタクシが専ら遊ぶ芸者は父が旦那となった芸者とは違う。けれど血は争え無いと云うか、父から受け継いだのは、何も元帥の地位だけでは無く此の遊びも継いでしまった様子。
ワタクシの乗る軍艦の名前は、此の芸者から取った。
「柊…」
「何ね?」
柊の太股に頭を乗せ、猫みたく手を添え甘えた。
「三味線、弾いてくれませんか…」
哀憐歌をしてくれと頼んだが、泣かれたら困るから嫌だときっぱり断られた。
「福岡迄来て、なんから逃げたかったと。余程っちゃないと。」
そう、柊が居るのは、東京から遠く離れた九州の頭、福岡。
逃げた、何から。
愛しい彼女を思ってしまう、煩いから。
逃げても逃げても、彼女を恋慕う気持は其の美しい髪に絡め取られてしまう。
「ワタクシ、恋をしております。其れはもう、狂おしい程。」
「へえっ、誰ね。」
「芸者が客の色事に首を突っ込む物ではありませんよ。」
「大和さんは知っとうとやろう?」
柊は目を輝かせ、ソプラノを大和に向けた。猪口を口に添えて居た大和はワタクシに目を向け、云うなと睨んでやった。
大和はシニカルな笑みを浮かべ、横に座る芸者の腰を引いた。
「馨怖いけん、云わん。」
「御銚子一本付けるけん。」
「金は取るとやろう。」
御願い、と柊は甘えた声を出すが大和の興味は引き寄せた芸者を弄る方に向いてしまった。柊は詰まらなさそうに唇を突き出し、ワタクシの髪を撫でた。
「誰かいなねぇ、そげん迄馨さんば狂す女。」
「そん女にさ、他に好いとう男ば居るって知った時の馨。あらぁ見物やったばい。」
「御止め為さい…」
身体を焼き尽くす程の熱、其れを酒で沈めた等、自分の考えるスマートさとは掛け離れて居る。
柊はゆっくりと身体を倒し、耳元で囁く。此れが彼女であれば、しかしそう思う反面、そうなった時自分の欲望で彼女を傷付ける事は目に見えて居た。だから、柊で良かったのかも知れない。
「こげん見えても、馨さんは獣染みとうけんね。」
轟々と本能を駆り立てる欲熱。狼の様に完全な肉食では無い、けれど肉が一番美味い事を知って居る、ワタクシは狐。人を化かし、油断した所をがぶりと行く。其れがスマート。欲望をひた隠し全てに於いて完璧で無ければならない此の状況、野蛮な狼達には判るまい。又、其の楽しみさえ知らないのだろう。
「紳士的に参りましょう。其れが海軍たる人間の努めです。」
「なんが紳士ね。獣みたく女ば抱く癖に。」
長い睫毛が縁取る切れ長の柊の目に触れ、頬を撫でた。引き寄せ、唇を重ね、其の侭ワタクシは身体を起こした。柊の奇麗に折り畳まれる足を跨ぎ畳に両膝を付け、柊を隠す様に大和に背を向けた。何時もキッスをし、紅を落としてやった。
「………何処が紳士ね…」
「見せ付けてくれる。」
「やったらおい達も…なあ?」
二人が畳に倒れ込む音が聞こえ、唇を離した。大和が組み敷く芸者の吐息に目を瞑り、彼女に似た厚い唇を親指で触り乍らもう一度した。
「大和達が、此処を使う様です。ワタクシ達は、奥に参りましょうか。」
「布団、敷いとったかいな。」
貴方は大和さんと違って畳の上ではしない紳士だから、と柊は笑って見せる。
「滝子ちゃん。」
「はい…?」
大和の下から顔を出し、大和も顔を向け、露わになった滝子の白い太股には大和の爪跡がくっきりと痛い程付いて居た。
「一寸見てくれん?」
「自分で見ろや、柊。」
中断された大和は舌打ちし、行かすまいと滝子を押さえ付けたが滝子は笑い乍ら大和を押し退け、一度キッスを交わして奥の部屋を覗いた。ワタクシは其れを、柊にキッスと愛撫をした侭見て居た。
少し乱れた髪に真直ぐ細い首。ワタクシでも性的興奮を感じるのだから大和は尚更で、ゆっくりと滝子の後ろに立つと布団に倒した。
「大和さん…?」
「おいん方が先。此処使うけん。」
にやりと口角を上げ、其れでは元帥殿素晴らしい夜を、と襖を閉めた。
「大和…?一寸こら大和っ。此の御馬鹿さんっ。ワタクシが使うのですよっ」
「横行きゃ良いやん。」
ワタクシは唖然とし、興が削げた柊は首を鳴らし、「やっぱ男は、獣や無いといかんね。」
そう酒を注いだ。
勿論、大和が云う様な“素晴らしい夜”は、ある筈も無かった。




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