masquerade


仮面舞踏会、と聞いて思い出されるのは、何と云っても仏蘭西の小説“オペラ座の怪人”、其の歌劇の劇中曲である。此の歌劇は一度しか見た事無いからうろ覚え恐縮だが、歌詞の一部に「友さえも欺こう」ってのがあった。
何処を見ても仮面だらけ、友も欺こう、とかそんな。
オペラ座の怪人が一体どんな物なのか正確には記憶して居ない。原作を読み直しても良いが、俺はキースと違って本は読まない。母は台本しか読まない、父は新聞も読まない人だった。珍しい家で、我が家で本を読む、何て奇特者は次男のアルバートしか居なかった。キースに読ませて内容を教えて貰っても構わないが、気が引けた。
何で俺が、内容も大して覚えて居ないのに其の“マスカレード”と云う楽曲だけ覚えて居たかと云うと、此れは踊りが付いて居たからだ。仮面を付けた男女が観客を欺くが如く優雅にそして大胆に踊って居た。其の迫力に俺は子供乍ら魅力された。
其の興奮冷め為らぬ内、仮面舞踏会をしたい、と母に云った事がある。誰が参加するかは知らないが。貴族ならいざ知らず、平民。子供は馬鹿である。すると母は「仮面を付けるのは惚れた人の前だけに為さい」と云った。詰まり母は父とマスカレードをしてた。
偽りの自分を見せろって訳では無い。
本性と云う仮面を付けろと母は云う。
演じる事に仮面は要らない。台本通りに其奴に為れば良い話。
けれど飾らない素は、如何演じて良いか、母には判らない。まごつく。だって台本が無いからね。だから本性の仮面を付けるんだと。
俺は其れを楽曲マスカレードと一緒に覚えて居た。
「リンダって、思考が謎だな。」
普通逆じゃないか、とキースは云う。其れが申し訳無い、俺の母は普通では無いのです。普通の真逆を走り、其れを“普通”と云う女。
御父様の作った道しか歩いた事の無い君には判らないだろうけど。
「マスカレードなら行った事あるけど、そんなに云う程楽しく無いぞ。」
社交界の裏を知る男は、淡泊である。
「嘘っ、絶対楽しいよっ」
「だって、皆仮面付けてるんだぞ。」
本人だと思わず其の本人の悪口を云ってみろ、二度と社交界には出られない。
…其れは陰口叩く君達が悪いんだろう。面と向かい文句垂れ流せ。まあ、陰で叩く悪口だから、陰口なのだが。
貴族はそうして味方を作り、まさに―――マスカレード。
誰か判らない緊張感。其れこそが。
「楽しいんだろう?」
「嗚呼そうか、ヘンリーは暇な貴族思考何だな。」
マスカレードを催すのは、大概決まって暇な貴族。忙しい貴族が催す筈は無い。ベイリー公は何時も招待される側だったんだと。招待されて行かないのも悪いからと、ちろっと、仮面を付けず参加した。其の時決まって云われたんだと、君に仮面は常に付いてるからね、と。
本性を見せない人、って、此れは意味。
結局何方が正しいのか判らない。全く上手く欺かれたよ。
けれどキース、理解は出来無いが一寸だけなら母の言葉の意味は判ると云う。
「本性の仮面、か。御父様に真実を云った時、俺は確かに本性の仮面を被ったな。リンダが役を演じる様に、俺は在の人が望む息子を演じてた。…楽だったから。」
嗚呼、成程、判った。
詰まりキースは、ベイリー公に真実を打ち明けた時、仮面を被り、結果威圧感の塊の仏頂面に為ったんだね?そう云う結論でオーライだね?君が仏頂面な理由、漸く判った。
云ったらにんまり、仮面を外された。此の笑顔は陛下に向ける笑顔だ。
「女の化粧も仮面だろう。一部の女は云うじゃないか、化粧した顔が本当の顔よ、だって。」
「在れは鎧だよ、戦闘体制のフル装備、無敵だ。」
世間と戦う為の鎧なのです。
君が軍服を着て、背景にはキラキラとRoyal Navy、手にはティカップ持って完全装備と為る様に、彼女達は眉毛吊り上げ、睫毛を羽ばたかせ、目を黒く囲んで瞼を殴られて、頬痩けさし口から血を出すのが完全装備。仮面何て次元では無い、在れはジャンヌ・ダルクの鎧、鋼鉄だ。
マスカレードの興奮は何処にも無い。ちっとも興味そそられ無い。
「怖いよ、女性の鎧は。」
「薔薇の支配者、鋼鉄のローザ様々の言葉かね。」
「ローザの完全装備はね、凄いよ。」
いや結構、怖過ぎる、と仮面を付けたキースは云う。
「まあ聞いてよ。」
素晴らしきローザの完全装備を。
先ず先頭に“right-hand lady”と刻印されたプレートを首から下げるテイラーが居る。其の後ろに軍用犬が五頭、横一連に並ぶ。彼等はテイラーの部下である。
並ぶ彼等はドーベルマンやシェパード、軍用犬に多い犬種だが、テイラーは生憎ダルメシアン。一回り小さいからか、良く舐められる。一度テイラーを馬鹿にした敵が居たから、ナイフで首を刺して遣った。
テイラーの戦闘力を舐めて貰っては困る。英吉利の女性ってのは本当に強い。テイラー率いる部隊のみで一部隊を潰した事もある。
白と黒の斑模様に鮮血を滴せ、勝利を喜ぶ。
こんな勇ましく崇高なレイディ、俺は陛下以外知らない。
其の後ろに機関銃持った三十人の親衛隊が構え、其の集団を守る様に後方には戦車が二台停まって居る。
親衛隊は、テイラー部隊に援護する形で居る。
彼女が居れば、俺は…、ローザは無敵なのだ。
「…御前は何処に居るんだよ。」
「戦車の前で足組んで、鋼鉄の笑みで鎮座してる。膝に国旗を掛けて。」
此れがローザの完全装備。俺が動くって事は余り無い。俺に手を掛ける敵が居れば、テイラーが容赦無く首に牙を減り込ませ、部下と一緒に肢体を引き千切る。
其れを見て俺は「Bravo...!」高笑う。
無駄に犬を引き連れてる訳では無いんだ。
そんなルーネントテイラー嬢、変な仮面を付けて現れた。
爪でドアーを擦る音が聞こえ、開いた。
「何?如何したの?」
――シャギィに遣られた…
外したいのだが自分では上手く外せず、俺に取って貰いに来た。
「Masquer-r-r-r-rade...!」
ワインを飲んで居たキースはグラス掲げ、笑った。
「笑い事じゃないよっ」
使用人の癖に、何で主人の右腕に仮面を付けるんだ。
「似合ってるぞ、テイラー。」
――良いから、煩い。
吠えられたキースはちびりとワインを飲み、肩を竦めた。
「シャギィ、シャギィっ。一寸来なっ」
呼び鈴けたましく、叫ぶと、犬のマスカレードを見た。リスキーは「どないだ、男前だろう」と鼻鳴らしテイラーに寄った。が、機嫌悪い為顔を叩かれた。
――あっち行ってっ馬鹿っ
怯まずリスキーはダンス申し込むが、跳ねた前足で顔面を何回か叩かれた。
「痛そう…」
思わずキースは呻いた。
其処に漸く、仮面付けたヴィヴィアン妃を従えたシャギィが現れた。流石はヴィヴィアン、社交界の空気を知って居る。テイラーみたく喚く訳でも、リスキーみたく自慢する訳でも無く、辺りを見渡した。
「…何してるんだい…?」
「だってヴィヴィアン様が。」
自分がした訳では無いとシャギィは云う。君で無ければ誰が嫌がるテイラーに仮面を付けられるんだ。
仮面を付けたのは確かにシャギィ。けれど付けたいと云ったのはヴィヴィアン。
「散歩の時ね、雑貨屋があるんだけど、窓に仮面が置いてあったんだ。」
――付けたく為ったの。
「何でかは判らないよ。動かないんだもん。だから、買った。」
キングの分含め、四つ。
「キング、おいキング。」
呼ばれたキングはマント引き、…不細工だ。キングは如何遣っても不細工だった。
何で仮面を付けても不細工何だ。
「御前、其れで良いのか…?」
――んー、うん。見えないねぇ。
キングは不細工に加え、阿呆である。キングを見てるとマウリッツを思い出す。…涎も垂らして無いし、不細工でも無いが、マウリッツ。でも似てる。
「さっき迄遊んでたよ。」
「一寸俺も混ぜて呉れよ。」
――あらベイビィ、駄目よ。寝るの。
「何でっ」
――眠いからよ。
仮面の奥に見えるヴィヴィアンの目。
紳士淑女の皆々様、此処では平等。マスカレード…っ
俺にそう教え、器用に仮面を外した。俺は其れを拾い、代わりに付けた。
「宴は終わりだ、ほら御前等、寝ろ。」
ヴィヴィアンは云われる迄も無く部屋から出、キースはキングとリスキーの仮面を外した。
――楽しかったな。
――んー、うん。楽しかった。
廊下でキングはリスキーから叩かれた。テイラーと踊ったから。ホワイトシェパードのリスキー、フレンチブルドッグのキング。体格差からして、如何もリスキーが虐めて居る様にしか見えない。
「リスキーっ」
――だって…
「だってじゃない。」
――御免。
――んー、良いよ。
叩かれた事にもキングは気付いて居なかった。
――ハニー、明日ね。
「夢の中では楽しんで。」
仮面越しにキスをし、テイラーは出て行った。シャギィは何をすれば良いのか、俺達を見た。
「あー、俺も引っ込むべき?」
「いいや?」
キースの手から仮面を一つ取り、被せた。
「ベッドの中で、マスカレードし様。」
俺の被る仮面は本性か、或いは鋼鉄か。
仮面を床に捨てた。




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