His brother


“男兄弟”と云う物に、俺は強い憧れがある。異父ではあるが、姉は居る。なので、オンリーチャイルドの気持は判らない。
“姉”と云う存在は何処の世界も同じ生き物なのか、“傲慢”。下を可愛がる反面、物凄くこき使う。全世界の“姉”よ、妹や弟は奴隷で無い事、良く念頭に置いて呉れ。
十二歳で父親の元に行ったので十年程しか一緒には居なかったが、世界で一番愛してる女だと云える。母は大概俺を邪険にしたので二番目。其の次がMy lady。そしてヘンリーの母親、英吉利が生んだ至高の女優、リンダ・ヴォイド。
俺の世界に女は、此の四人しか居ない。後は全員男。野性的だろう?
だから、俺は、ヘンリーが凄く羨ましい。ヘンリーが凄く倫理的且つ理論的なのは下に三人も居るから。
長男でも長女でも“一番上”と云うのは、時に独裁的でもある。下に云う事を聞かすには、矢張り強い言葉が必要。ヘンリーは“薔薇の支配者”に為るべくして生まれたのだ。
俺とヘンリーは四つ程違うが、何時も言い包められる。年下と思わせないのは、此れ等やんちゃな弟達を統率したから。
全く怖いよ、ローザ様は。下剋上は一生無理そうだ。
一つ下のツィンズのアルバートとジャック、五歳離れてウィルフレッド。ヘンリーの愛情を独り占めしたのは此のウィルフレッド。誰に似たのか、兄弟で一番の長身。双子達は平均身長で、一番低いのはヘンリー。ウィルフレッドは俺より高い。北欧にずっと居たからじゃない?とヘンリーは云う。
「何でだ?」
「植物と同じだよ。」
暖かい場所にある植物は、そう頑張らずとも太陽を感じられるが、寒い場所にある植物は太陽を求め、近付こう近付こうと高く為る。ウィルフレッドは其れらしい。
「俺がロンドンに行く時、ウィルは未だ成長期前だったんだ。俺が居なく為るってのでショック受けて、スウェーデンかノルウェーの学校に行ったんだ。」
「詰まり、…太陽を求めた?」
「ウィルにとって、俺は太陽だったから。…だろう?ハニー。」
紅茶を作りにキッチンに来たウィルフレッドは、眩しい笑顔で頭がもげ落ちそうな程頷く。然し俺を見ると極寒の表情、凍て付く視線を投げた。
俺は如何やら、ウィルフレッドに完封無き迄に嫌われて居る。
「ハニー、俺にも頂戴。」
ウィルフレッドはにっこり笑って、けれど俺には無いの、充分把握した。
だって二人分しか葉を入れて無いからなっ。
「俺、何かしたか…?」
氷の視線、寄越す代わりに何か云え。
太陽は皆の物だ、独り占めは良くないぞ。何て…、俺が云っても説得力は無いが。
「ん?全部呉れるの?」
ウィルフレッドは又、もげそうな程頷く。
済まない、俺は何か誤解をして居た様だ。
二人分量のポットをテーブルに置く。済まない、極寒何て思って御免。然し、テーブルの真ん中では無くヘンリーのカップの横に置いた。詰まり遠回しに、俺は飲むな。
結構ウィルフレッドは極寒らしかった。
「うぇい、只今。」
「只今戻りましたー。」
ウィルフレッドと入れ代わりに現れたのは、双子。先に、奇声と共に入って来たのはアルバート、上品な口調で入って来たのはジャック。
多分、な。
だって彼等は一卵性、声も同じ、俺には全く見分けが付かない。
「うぇえ…、ハロルドー…」
矢張り合って居た。アルバートは話す前、必ず奇声と云うか珍妙な声を出す。其れともう一つ。
「兄貴だけ置いて帰れ。」
と云う。
此の“兄貴”は、勿論俺を指す。
ヘンリーは紅茶を一口、ジャックに向いた。
「御帰りジャック。」
「只今ヘンリー。」
「え、俺には。」
「キースに云って貰えば。」
ウィルフレッドが俺に冷たい様に、ヘンリーはアルバートに少し素っ気無い。ウィルフレッドが俺に冷たい理由は、大好きなヘンリーを独り占めするからだが、ヘンリーがアルバートに冷たいのは、自分を蔑ろにするから。俺を好きだから、じゃない。
誤解され無い様云うが、アルバートはゲイじゃない。恋愛感情で俺を好きでは無いと云う事、アルバートの名誉の為云って於こう。家族として、俺を愛して呉れて居る。有難い事だが、ヘンリーの機嫌は悪く為る。ジャックとウィルフレッドは自分を好きなのに、アルバートだけ自分を好きじゃない。自分を好きじゃない人間は、ヘンリーの世界では存在して為らないのだ。
「アルが帰って来た。部屋に行こう。」
「俺も行って良い?」
「勿論ジャック。」
「俺は…?」
「アルと居れば?」
ウィルフレッドよりも冷たいのはローザ様。流石はニューカッスル出身、ロンドン育ちの俺とは桁違いに冷たい。ロンドンも寒い事は寒いのだが、ニューカッスルの寒さには負ける。ロンドンの雪が溶けて居る今でも、此処は積もって居る。
ヘンリーの心は、おお、北の冬将軍並だ。
ヘンリーのブリザード攻撃を受けた俺は萎れ、本の少しだけだが、済まない、アルバートを恨んだ。
「アル。」
「キーサー(兄貴)の相手をしろって?」
此の“キーサー”と云うのはアルバートの造語。“キース”と“ブラザー”を組み合わせた、詰まり、“ローザ”みたいな物。最初聞いた時、ローザみたく“キース”“サー”かと思った。彼は今では海軍だが、出会った頃は未だ大学生だった。故に“サー”と呼ばれる意味が判らず、「何で“サー”?」と聞いた。するとアルバートは「上官って意味のサーじゃ無くて、ブラザーのサー」と云われた。
なので俺は“キーサー”と、アルバートから呼ばれる。
「其れでも良いんだけど。」
ヘンリーは云う。庭を見乍ら。
此の家には月桂樹が植えてある。ヘンリーの父親アルフレッド氏が「緑の無い家って詰まんない」と唯一リンダに強請った物だ。不思議な事に、四人の子供はアルフレッド氏が何が何でも縋り付いて強請った産物では無いと云う事。実際此の双子、そろそろ産休上げ様かー、ヘンリーが一歳に為るか為らないかの頃出来たので、アルフレッド氏「本当に其れで良いの?」「君に靴作らないと僕とっても暇何だけど」と云った程。然し、「だって双子なのよっ」とリンダは喚き(ヘンリーの面倒はナニーが見て居たので育児ストレス何か無いが余程興奮して居た模様)、其れを受けたアルフレッド氏は「嗚呼そうか…」「双子か…」とリンダの産休を伸ばしに伸ばした。
ヘンリーの時もそう。「赤ん坊の靴が欲しいって?」と、二人は未だ結婚して居なかったので行き成り云われたアルフレッド氏は面食らった。「絶対に産むから」と凄まれ、「君が其れで良いなら、良いんじゃ無いかな…」と生返事で赤ん坊の靴を作った。
ウィルフレッドの時は確か、リンダは高齢出産に値する歳で、「ええ…本気…?」と矢張りアルフレッド氏に云われた。
四人の息子達、余り父親には望まれた産物では無いらしい。アルフレッド氏、リンダが此の世の全てであり、リンダが産んだから四人の父親を遣って居るだけに過ぎない。生物学的上、父親は確かにアルフレッド氏だが…。
なので此の兄弟、父親の記憶を聞いても揃って「さあ」「何かあったかい?」と口を動かす。
息子にも淡泊なアルフレッド氏、其の彼が欲しいと喚いたのが、雪の中に緑をちらちらと見せる月桂樹である。
ヘンリーは此れが大好きだった。
「アル。」
「何だよ…」
「在の木。」
「いや…、嫌だよ絶対…っ」
逃げるが速いか、ヘンリーはアルバートの背中を羽交い締めにすると、眺めて居たジャックも前から押し遣り、最終的にはウィルフレッドがヘンリーに依って召喚された。
「皆でアルバートを虐めて遣ろう。」
「賛成賛成。」
「マジ勘弁して…っ」
此の兄弟の中で、寒さに一番強いのはヘンリー、一番弱いのはアルバート。後の二人は少し寒がり、と云う程。アルバート、寒さが極限に来ると憤慨する。
ジャケットは着て居るがコートも無しに出されたアルバートは、案の定怒鳴り散らし、「てめぇ等マジでふざけんなよ」と一番大人しいウィルフレッド(然も弟だから)に雪を投げ付ける。俺は其れを、暖炉の傍の窓から、紅茶飲みつつ眺めた。
月桂樹の下に立たされたアルバートは絶叫した。「どっせーい」と男三人で木にぶつかり、緑は鮮やかに現れた。アルバートは勿論だが、此の三人も下に居る。然しヘンリーは寒さに強い、ジャックとアルバートは完全武装、落ちて来た雪にげらげら笑い、怒り狂うアルバートにも笑って居た。
「殺す気か…っ」
ヘンリーは、見詰めては居るが無言だった。ジャックは知らん顔でウィルフレッドと雪投げをして居る。
此れが出来るのは、冬でも葉を蓄える月桂樹だから。
若しかするとアルフレッド氏、其れを見込んで居たのかも知れない。欲し縋った当人が居ないので何とも云えないが。
アルフレッド氏は、俺が今居る場所に、立って居たかも知れない。暖炉の傍で、こうして、馬鹿な息子を眺めて居た。
「そうですかな?ミスター アルフレッド。」
暖炉の上にある写真。夏であろう、深い緑を見せる月桂樹の下で、矢張りアルバートを虐めて居るヘンリー、兄達に構う事無く二人で遊ぶジャックとウィルフレッド、そんな四人を、煙草蒸し乍ら優しい目元で見守るアルフレッド氏。
そんなアルフレッド氏に、俺は聞いた。
――良いもんでしょう、兄弟って。
アルフレッド氏に、兄弟は居なかったと聞く。其の目は教えて呉れた。
「風邪引く前に入れよ、馬鹿兄弟。」
「キースも御出で。」
「遠慮する。」
夏に為ったら、俺は屹度、此処に立つ。
アルフレッド氏は、息子が欲しかったんじゃ無い。
兄弟が、欲しかったんだ。
だって此れは、羨ましい。




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