sweet beast


狂暴、極めて、暴君。エゴイストのサディスト。高い鼻は他人を笑う為だけに、存在する。15フィート1インチの身長を持ち、背景にキラキラなんぞ付け周りを見下し歩く海軍元帥。
「此の海域から君達海軍が……君達空軍は…」
黒板と書類を交互に眺め、俺は三軍の戦法を決めて居た。空軍元帥が説明して居る時、其れと無くキースを覗き見た。聞いて居るのだろうが、書類を見る目は疲労に揺れて居る。時折、強く目を暝り、頭を小さく振る。
「以上が空軍の戦法だ。」
「有難う。次、海軍。」
俺は人差し指を前に向け、キースを促した。頬杖付いた侭動かず、「アドミラル」と云うと自分が何故此処に居るのか判らないと云った挙動不審な目で周りを見た。
「……ん?」
一身に集まる視線に、注目されるのには慣れて居る筈のキースは挙動不審に声を漏らした。
「海軍。君、元帥だろう?」
「あ?嗚呼…、俺…な。」
少し、態度がおかしい。
其の場に居た全員が思った。ゆっくりと椅子から立ち、重苦しい息を吐く。黒板に文字を流し、書類に向いた時も又溜息を吐いた。
「キース?」
「一寸此処、暑くないか?」
額にはうっすら汗が滲み、生え際は張り付いて居た。
暑くないか、と聞かれても今は冬で、一人の空軍元帥に至っては「寒い」とマフラーを巻いて居る。誰も暑い等感じず、キースの言葉にぽかんとした。
「おいおいキース、本気か?」
「何で暑くないんだ。」
窓は部屋の熱で白く為って居る。
俺は、少し暑いかな、とは思うがキースの様に暑いとは思わない。八人居る中で暑いのは一人、異常なのはキースなのだ。
「窓、開けて良いか?」
「俺を凍死さす気かっ」
マフラーを巻く彼(勿論席はストーブの真ん前)が、窓に近付くキースを羽交い締めにし、無慈悲の鬼畜と喚いた。
「俺を蒸し殺す気かっ」
「嗚呼そう、じゃあ聞けよっ。俺の意見が正しいか、君の意見が正しいかをなっ」
二人の遣り取りに俺達は気不味く為り、然し誰が如何云おうが蒸し殺せる程暑くは無い、適温、彼は一寸寒がりが過ぎるが全員が彼に賛同した。ほれ見ろ、と彼は掴んで居た衿元を離した。
「何で暑くないんだ…」
御前等おかしいのかとキースは小さく吐き捨て、窓から向いた。
瞬間、八人の中で二番目の長身がぐらりと揺れた。前に座る海軍元帥に向かって倒れ、「ジーザス」と叫んで一髪、しっかり支えられた。
「おいっキースっ」
頻りに頭を振り、自分でも倒れた理由が判らない風だった。支える彼は「大丈夫」と繰り返すキースの額を触り、一人だけ暑い理由を見付けた。
「凄い熱だぜ…。こら暑い筈だわ…」
「道理で…目眩がする…」
「医務班呼んで来い。」
部屋に居た側近の一人に命令した彼は、軽々キースを抱えるとソファに寝かせた。
「冗談は完璧な経歴と存在だけにしろよ。」
ジャケットの釦を外し、引き抜いたタイを床に落とす。足元にあるクッションを二つ頭の下に重ね、脈を計る。
「俺に知識あって良かったな、感謝しろ。」
「説明変わ…」
「しー。し。喋んな。よしよし。きついな。」
程なくして呼ばれた医務班は現れ、風邪と云うよりはかなり疲労があると暫くの休息を促した。然し此のキースが素直に聞く筈は無く、風邪で無いなら休む理由が無いと説明を続け様と起き上がろうとした。
「アドミラル。」
俺の声にびくりと肩揺らし、大人しく医者の言葉に従った。
説明は彼がし、其の間キースはソファで寝て居た。一時間程して会議は終わり、覗くと、寝て居た。黙ってりゃ可愛い、と彼は云い残し、俺だけが残った。
「キース。」
汗の滲む額を撫で、唇に塩辛さとべたつきを教えた。唇に知る体温は熱く、薄く開いた口から漏れる息も同じで、繰り返しが短い。上下する胸にも汗が流れ、冷えない様タオルで拭いた。こんな所で寝かせて居ると悪化しそうだったが、起こすのも何だか可哀相で、自然と起きる迄待つ事にした。
「ねえ。」
外に居る見張りに毛布を持って来て貰い、黙ってりゃ可愛い、と云われた寝顔を眺めた。
こうしてキースの寝顔を眺めるのも珍しく、キースには悪いが俺は少し笑って居た。
朝は俺の方が早い。と云うのもキースが居る事を確認したいからで、寝顔を見て起きる。俺が起きて其れが無いって事は、俺が寝た後帰宅し、リビングで酒を飲んで居る間にソファで…の確率が高い。其の時は決まって病気が出る時だから、同じベッドで寝れないのは判る。見ても一分程、こうも長く寝顔を見るのは新鮮だった。
届いた毛布を掛け、足に足りないので、其の分は俺のコートを掛けて於いた。
「ふ…ふふ…」
「ん?」
起きたのかと覗くと、単なる寝言だった。笑う所を見ると、余程楽しい夢らしい。猫の寝言、ってのをキースに一度教えて貰った事がある。
――彼奴等の寝言って面白いんだ。
――どんなの?
――くぷぷ、って笑う。本当可愛いんだ。
何故そんな事を思い出したかと云うと、今まさにキースがそんな寝言を云ったから。
キースは猫みたいな男。じっと見詰めて、俺の動きを観察する。気紛れで、昼寝が大好きな凄い美食家、一人でも平気よ何て云い乍ら物凄い寂しがり屋。俺が居ないと不安で堪らない。寝言迄猫みたいとは思わなかった。
「キース、キース…」
撫でると今にも鳴らした喉の音が聞こえそう。
「愛してるよ。」
君は血統書付きの青い瞳を持つベンガル猫。可愛くって堪らない。
「夢かと思った。」
「御早う、キース。気分は如何?」
「キスがあって御前が居て、其れで最悪って聞いた事無い。」
「嬉しいね。」
狂暴、極めて、暴君。エゴイストのサディスト。高い鼻は他人を笑う為だけに、存在する。決して弱い所は見せない、俺にさえも。
そんなキースが大好き。
でも。
一寸ばかし弱ったキースも、嫌いな筈が無い。




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