GOD save the
此れが、私の最後の言葉だった。けれど神様は意地悪で、叶えてはくれ無かった。
施設の中は丸で質の良い刑務所みたいだった。若しくはペットショップ。ケージに入れられ犬みたいに彼等は居た。
「リンダっ、リンダ、こっち向いてっ。愛してるんだよぅ…」
「畜生…、良い女だな…」
「ヘイ、リンダ。序にで俺の部屋にも来ないか?悪い事、しようぜ…?」
訂正。ペットショップは上品過ぎる。此処は動物園だ。
私の身体に、ミンクは居る。けれど此処に居る獣達は、私には似合わない。
私は立ち止まり、顔を近付けた。
「余りオイタはしちゃ駄目よ。此処以外では、ね…」
思い切り股間を鷲掴んだ。奇声と拍手とリンダコールに靴音を紛れさせ、コートを引き摺った。
「一寸、踏まないで。」
「失礼。」
「嗚呼、もう…。馬鹿でかい足ね…」
鉄の塊を踏む足で、私の可愛いミンクちゃんを踏まないで貰いたいわ。軍艦のデッキとは訳が違うんだから。
奥に行くに連れ、段々と静かになり、靴音だけが響いた。人は居るのだが、皆大人しい。其の中に子供が居た。私は近付き、しゃがんで彼を手招いた。幼い顔は頬が痩け、目はメイクをしている様に窪んでいる。青い目は奇麗で、痩けた頬は冷たかった。私の手に重なる小さな手も冷たく、指が足りていなかった。手の甲には穴、なのに彼は笑う。
「リンダだあ。」
「そうよ、リンダよ。」
「僕ねえ、リンダ、だあい好き。」
こんな純粋な笑顔を、大人は薬で破壊した。舌足らずの其の声に、私は涙を我慢した。
「何で居るの?」
「貴方に会いに来たのよ。」
「本当っ?」
「本当よ…」
云って、海軍の彼に視線を流した。
「…あ、良かったな。」
彼は私を見た侭少年の名前を云い、私は其れを復唱した。
「早く、出られると良いわね。」
「…………うん。」
彼は小さく、暗い声で頷いた。私は言葉を無くし、一度強く瞬きをし、頭を撫でた。
「又後でね。少し用事があるから。」
「うんっ、後でねっ。絶対だよっ」
「うん。」
真逆の明るい声で彼は返事をし、力強く手を振ってくれた。丸で、昔のヘンリーみたいな笑顔だが、不自然に窪む彼の頭の感触が、掌から離れ無かった。
「ねえ、貴方。」
「はい?」
「在の子、何処に居たの?」
少年はサーカスに居たと彼は話す。
ショーが終わった後の見世物として少年は存在していた。金持ちだけが楽しむ時間に、少年は居た。ケージの中に入れられ、大人達の暇潰しに其の身体と人格を提供する。殴られ、血を流し、舌を焼かれ、指を切断されても少年は其処に居た。
「在の侭死んだ方が、彼は幸せだったんだろうな…」
彼は目に涙を浮かべ、遠くを見て云った。私も、そう思ったのは確かだった。
「此方が面会室です。今連れて参りますので。」
狭い、カウンセラールームの様な場所に私は一人座り、彼と入れ代わりに、長身の男が入って来た。
「私が責任者のキース・ベイリーです。」
「ベイリー…?」
「ええ、同じ名前です。御会い出来て光栄だ、リンダ・ヴォイド。」
「私もよ。リンダで結構よ。」
握った手は大きく、其の端整さは海軍軍人の肩書より俳優が似合う。
「今現在、彼は薬を抜いている段階ですので、面会時間は五分厳守です。其れ以上は危害を加える可能性があります。御理解を、リンダ。」
「了解したわ。」
とても静かなで、彼の息遣いがやけに響く。彼は私に向くと一咳し、手袋を外した。
「私、貴女の大ファンなんです。握手して貰っても…?」
私はキョトンとし、笑って握手をした。
「感激だ…」
「ハグも如何?」
「嗚呼っ、死んでも良いっ」
大袈裟な彼を抱き締め、在る事に気付いた。
「貴方、ゲイね?」
「え?」
「息子と同じ、匂いがする。」
匂いは嘘だが、抱き締め方で判った。どんな抱き方かは秘密だけれど、扱い慣れていない。彼は恥ずかしそうに手袋を嵌め直し、内緒ですよ、そう云った。
「あら、私は平気よ?」
「同性愛者は此処に居る奴等同様、施設送りですから。苦労して入隊したのに、其れだけは嫌だ。」
人を愛しているだけなのに、同性と云うだけで異常者扱い。神様は、私達人間を作った事を後悔しているに違い無い。そうで無ければ、全ての愛を否定する訳が無い。
「ヘンリーも、薬が抜け次第、同性愛の治療になるでしょう。」
「そう…。手荒にはしないでね。」
「ええ。」
十分程待たされたか、微かに喚き声が聞こえた。其れは確かに、二年前に別れた息子の声だった。
彼は溜息を吐き、失礼、と部屋から出た。
「ヘンリー、ヘンリーっ。引き摺るな、ヘンリーは荷物じゃない。」
「嗚呼、嫌だっ。会いたくないっ。嫌だ、嫌だ離してくれ。キース、キース助けて…」
「離せ、服から手を離して拘束を解け。誰が拘束しろと云った。おいでヘンリー。さあおいで。」
喚き声と暴れる足音が凄く、本当に息子だろうかと恐怖が先に来た。
私は、息子に、きちんと会えるであろうか。不安になり、ミンクを撫でた。
「よしよし、怖かったな。」
「吐きそうだ…。止めてくれ、会いたくない…。怖い…」
「怖くない、俺も居るから。な?」
彼と、息子がゲイであると云うだけで、私は此の会話に少し偏見を持った。普通の会話が普通に聞こえない。平気であると云った割には、結局自分も反対側の人間なのだと自覚した。
此の私の、リンダ・ヴォイドの息子が、同性愛者で薬物中毒者。新聞記者に知れる前に引退して良かったと、心から思った。若しかすると、もう知れて居たかも知れない。けれど、知れて引退するのと、引退して知れるのでは随分と違う。先の女優達から嫌がらせを受け続けた下積み時代を経て掴んだ、私の地位。其れを、息子に壊される権利は無い。夢は壊されても、地位を壊される覚えは無い。
会った時、頬位叩いてやろうと思っていた。なのに、私には出来無かった。
「ヘンリー…」
腰を引き、逃げる息子の姿に顔が熱くなった。無理矢理部屋に引き摺り込まれ、尚も喚き続ける息子。見る影も無く痩せた身体に、先程の少年を思い出した。
「御免…、御免、母さん…」
椅子にコートが引っ掛かり、床に落ちた事にも私は気付かず踏んだ。
「いらっしゃい…。いらっしゃい、ヘンリー…」
広げた両腕に息子は倒れ込む様に収まった。記憶とは違う息子の大きさに嗚咽が漏れ、記憶と変わらない髪を撫でた。
「心配したのよ…、此の御馬鹿さん。」
息子は“御免”以外の言葉を云わなかった。私も、如何してこうなったか等聞かなかった。
五分と云う約束は、私達親子が再会するには充分過ぎる時間を与えてくれた。
「愛してるわよ、ヘンリー。」
「俺もだよ、母さん。ずっと愛してる。御免…」
「良いのよ、貴方の愛してるを聞けたんだから。」
在の少年にも親は居る筈。けれど少年は、此の言葉を知らないに違いない。
退院したら会いに来て、と息子の頬にキスをした。
其の二年後、息子は私に会いに来た。在の海軍の彼を連れて。
彼が私の息子になるのは、其れから八年後の話。二年後には孫が出来る。そして五年後に、大戦が始まる。
Please, GOD save a the my sons. And happiness.
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