rose fever


英吉利の薔薇、等と俺は良く比喩されるが実際の処、俺は薔薇が大嫌いだ。奇麗とは思うが如何せん、俺は、薔薇の花粉にだけ異常反応を示す薔薇熱の人間だ。
詰まりは花粉症。
キースの好きなダリアや、俺の好きなラベンダーには反応しない。薔薇だけ、薔薇だけに反応する。此れは仏蘭西の呪いだと決め付ける。仏蘭西、と云うよりは、ジョルジュの怨念だと思う。
天井に咲き乱れる薔薇を眺め、何て奇麗何だ、と息を零す。
何時から其れが発症したか覚えていない。最近かも知れないし、子供の頃からの様な気もした。薔薇等無くとも生きてゆけるので困りはしないが、辛くて仕様が無い。My Ladyの傍には、必ず薔薇があるから。
仕様が無い。薔薇は何と云っても国花なのだから。
大体、仏蘭西人は何故あんなにも薔薇が好き何だ。仏蘭西の国花はアイリスだろう。どんな花かは興味無いから知らないけれど、自国の花を愛でれば良いだろう。
薔薇薔薇薔薇。皆薔薇が好き。
そんなに好きなら独逸にバラバラにされると良いよ。
「嗚呼っ、薔薇何か燃やしてしまえっ」
薔薇に水何かやるんじゃない。何だ此の見事な薔薇園は。天使が遊んで居そうじゃないか。
「ふふ、御機嫌斜めですね。マーシャル。」
「中将…見て御覧よ、此の忌々ましい薔薇共を。」
「黄色い薔薇だ。奇麗ですね。」
「枯れたら糞色だ、糞っ垂れ。」
「マーシャル…。御下品です…」
彼の運んで来た紅茶はローズヒップ。此れは美味しいけど、薔薇の花弁の紅茶は本当に不味い。マウリッツが飲んで居た。彼は屹度、味覚障害だ。
「ん…?未だ、何か用?」
仕事がある場合、彼はティセットの上に書類を置く。其れは無かった筈なのに彼は部屋を出ない。
彼は俺の目の前で拳を作り、軽く動かすと中からラベンダーが現れた。
「Wow...」
「To giver. Marshal.」
「Really? Thank you, So much.」
「You are welcome.」
ラベンダーを鼻先に付け、俺は女の子みたく肩を揺らし照れ笑った。
「君は何時も、俺に何かをくれるね。」
上目遣いで見た。
「御迷惑ですか…?」
彼はしょんぼりと眉を落とし、ちらりと俺を見る。
「迷惑じゃないよ、凄く嬉しい。でも、何でくれるのかなって。」
貰ったラベンダーで彼の鼻先を擽り、彼は困った様に視線を逸らす。
「其れは…」
「其れは?」
肩に腕を回し、俯く彼の顔を覗き込んだ。真赤で、薔薇みたいだった。
「御免、少しからかいたかっただけ。」
御免ともう一度云い、ラベンダーの御礼のキスを頬にした。
椅子に座っても未だ居る彼に、俺は本当に気持悪くなった。
「何?暇なの?」
「いえ。」
「なら早く仕事しなよ。」
椅子を反転させ、背凭れを見せて手を振った。分厚い本を開き、其の中にラベンダーを挟み、本棚に直した。
視界が驚く速さで移動し、止まると彼の顔を見た。
彼は何故か床に両膝付き、俺を見上げている。
「行き成り動かさないでくれるか?気持悪くなるから。」
「失礼を。」
「で、何?」
「愛してます。」
唐突な愛の言葉に俺は絶句し、困惑に顔を引き攣らせた。
「何?」
「愛してます、マーシャル。アドミラルより、ずっと。」
俺は額を掻き、息を殺し瞬きを繰り返した。
「あのね、中将…」
「俺じゃ駄目ですか?マーシャルに全てを捧げられます。」
強烈な言葉だった。年下の彼の言葉は素直で、一層俺を揺らした。
薔薇の所為で頭が痛くて、機嫌が悪かったのは事実。普段ならしない意地悪を彼に向けたのは、彼が可愛く魅力的だったから。
若く、素直な彼に昔の自分を重ね、嫉妬と羨望が渦を巻いた。
俺は肘置きに腕を乗せ、足を組み、靴先を彼の胸に付けた。
「マーシャル命令じゃ無くて、俺が君に、靴を舐めろと云ったら、君は舐めるの?」
「貴方が望むのでしたら。」
「そんな口調で云われても嬉しく無い。」
「………勿論、ヘンリー。」
「そ。じゃあ舐めて。」
冗談で嗾けたのだが、彼は俺の足を持つと靴にキスをした。
俺は確かに戦地には行かない、毎朝靴を磨き、此の基地の、此処だけを歩くだけだけれど、其れだって汚れる。なのに彼は、何の躊躇いも無く靴にキスをした。
「本当に何でもするんだ。」
「愛してると云ったでしょう…」
「だったら咥えて。今直ぐ、blow jobして。」
彼は少し言葉を無くし、床を見詰めた。
「其れは…、マーシャル…」
「結局君も、俺の事を、マーシャルとでしか愛していない。マーシャル ベイリーは愛せても、ハロルド・ベイリーは愛せないんだよ。出て行って。」
「マーシャル…」
「早く、出て行って。」
「マーシャル…」
「Get out!」
ティセットのワゴンをひっくり返し、俺は喚いた。
「二度と俺をヘンリー等馴れ馴れしく呼ぶなっ。俺をヘンリーと呼んで良いのは、俺を愛してる人間だけだっ。」
マウリッツから貰ったティセットが砕け、丸で俺達の未来を表している様だった。
彼は逃げる様に部屋から出、何故か泣きそうな顔をしていた。泣きたいのは、俺の方なのに。
俺の息遣いだけを教える部屋で頭を抱え、床に座り込んだ。
「キース、キース…」
I miss you, Honey.
薔薇に囲まれた此の場所で、身体に食い込む棘が痛いよ。
俺をヘンリーと呼んでくれる人間が居ない。誰も居ない。
だったら逸そ、薔薇の無い場所に行こう。そうすれば、花粉の所為で泣く必要が無い。




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