薔薇の口づけ


ベーゼをされたのは初めてで、感情を誘う様に指の間を抜けるジョルジュの指の温度。其れに似た熱さの息を、離れた口の間で漏らした。離れた唇に寂しさを感じ、小さく声を漏らした。薄く開いた目で見たジョルジュの目に、視線を逸らした。
「本当、奇麗な顔してるね。」
頬に触れる唇と手の感触に又息が漏れ、肩越しに見た花瓶、其れに花は無かった。
「ねえ、俺で良いの?」
「何が?」
「俺が最初で。」
聞こえた言葉に花瓶から視線を流し、一度合わせると又花瓶に戻した。
「セックス、教えてくれるって云ったじゃないか。在れは嘘かい?」
唇をぶるぶる鳴らし、肩に顎を乗せ不貞腐れた。
「嘘じゃないよ?教えてあげるよ?」
「だったら良いじゃないか。」
「アンリが其れで良いなら良いけど。」
頬から離れたジョルジュの唇は一度耳にベーゼをし、ゆっくりと俺の顎の形を唇に教えると、唇に触れた。水が流れる様なベーゼで、俺は水滴が落ちる様にベッドに寝た。
「一寸一寸。」
ジョルジュは笑って、自分の肩に乗る俺の手を掴み、指先に唇を付けた。
「アンリが抱かれるの?」
「気持良いから、もう良いや…」
指先に伝わるジョルジュの唇の動きに溶け、目を瞑った。ゆらゆらとした感覚に薄く笑い、其れは重なった唇で更に強く為った。
掴まれて居た手を解き、肩に回してシャツを掴んだ。其の間もジョルジュの唇は俺を溶かし、腰に手は流れた。
シャツから伝わる体温、人の暖かさを知った。
「アンリって、あったかいなあ…」
「代謝が良いからね。」
「若いから?ダンサーだから?」
「両方…」
溜息を吐き乍らジョルジュは俺を抱き締め、其の強さに息を吐いた。全身で感じるジョルジュの重さと力強さ、擦り合わせる足の快楽は、ジョルジュの手が触れる腰で広がりを見せた。
「セックスで一番気持良いのは、こうして触れ合ってる時。互いの感情を、ゆっくりと快楽に移入する。」
鼓膜に響くジョルジュの声は頭に快楽を教え、指先や足先は身体に快楽を教えた。足の指先を絡ませ、足の裏で円を作り、親指と人差し指は腱を挟み、膨ら脛を撫で上げた。足の指がこんなにも器用に動くのかと、快楽よりも少し、驚きがあった。
「仏蘭西人って凄い…」
「仏蘭西人が凄いのか如何かは知らないけど、俺は身体の全てで相手を喜ばせる。」
身体全て、云った通りに、触れるジョルジュの毛先にも快楽は表れた。
ジョルジュが云った「本当に俺で良いの」の意味が、理解出来た気がした。
一番最初に知ったセックスが此れでは、俺が想像して居た様なセックスをした時、満足出来る筈が無い。俺の考えて居たセックスはポルノ雑誌の様な詰まらない物。別れなければずっと満足のあるセックスが出来るだろうが、ジョルジュとずっと一緒に居る事は想像出来無かった。
次に与えられる快楽がどんな物か判らない様に、ジョルジュとの未来は見えなかった。
ジョルジュが俺の、所謂“Stand or fall by human”で無い事は薄々気付いて居た。抑俺は“destin”等、薄ら寒くて信じて居ない。だから、ジョルジュがそんな相手で無い事は十二分に理解して居るし、そして求められても困るに過ぎない。仮にジョルジュが其の相手であったとしても「huh...」としか思わない。其れ程俺にとって運命とは如何でも良い事だった。
俺に必要なのは“futur”。そして一時先の“amour”と“plaisir ”。快楽が愛を見せるのか、愛が快楽を伴うのか、俺には未だ判らない。
其れはジョルジュ、君が教えてくれ。或いは、此れから先の未来に、本の少し潤いを齎す誰かが、教えてくれるであろう。
薔薇に必要なのは、愛だと云う。そしてジョルジュは、そんな薔薇に俺を重ねた。
俺がジョルジュに、身体を重ねる様に。




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