間違いのない恋愛模様


――My ladyの機嫌を取るのはキースの役目さ。
――My ladyの前で失態は許され無い。特に、寝室では、な。
俺にアドミラルの肩書が付いたと同時に、此れ等皮肉も付いて来た。皮肉な事に。
俺は同性愛者で、けれど周りには隠して居た。ヘンリーみたくオープンに出来る性格では無く、抑俺は、同性愛者で在り乍ら何処かで恥て居たのかも知れない。
死ぬ思いで入隊した海軍。泳げない奴は言語道断だと、何度も門前払いを受けた。筆記試験も何もかも完璧なのに、泳げないだけで落とされた。だから文字通り、死ぬ思いで入隊した。
「何で人間が水に浮くんだっ、理解不能だっ」
何度溺れ、何度同じ台詞を水と共に吐いたか、記憶に無い。
「軍艦とて浮くのです、人間も浮きますよ、キース様。」
笑ってタオルを寄越すクラーク、バッカスは相も変わらず馬鹿にした嗤いを向けて居た。
「鉄の塊は浮くのに、何故かキース様は浮かない。素直に後継者として歩まれては如何ですか。」
「絶対に嫌だ。」
「そろそろ婚約者を御決めに為らないと。」
「喧しい。」
俺が泳げる様に為ったのは矢張りバッカスの力。此の“婚約者”と“継承者”の二言を壊れた蓄音機みたく繰り返し、其れが恐怖と為った俺は泳げる様に為った。
泳げた瞬間バッカスは、水の中でもはっきりと判った。喜ぶクラークの横で上品な顔歪まし舌打ちをした。
そうして死に物狂いで海軍に入り、手にした俺の絶対なプライド。誰にも壊させはしない、俺のプライド。
そして其のプライドを打ち砕く様な皮肉。
此れは元帥に為る数年前の在る出来事から始まった。
俺は其の日、初めてMy ladyに会った。神経質そうな女だなが第一印象で、けれど、顔が何処と無くリンダに似て居たので、作り笑いを向けた。
其れが抑の始まりだった。

「これ、其処の海軍大将。」

最初は自分で無いと思って居た。だから無視をした。すると事もあろうかMy ladyは椅子から立ち、俺の頭を扇子で叩いた。

「貴様じゃ、貴様。私の言葉を無視するとは、中々に良い肝っ玉よの。」

澄んだ其の目は、ヘンリーに良く似て居た。勿論其の場にヘンリーも居た。細かく云うなら俺の横で額を押さえ、うんざりして居た。

「ベイリー。」
「はい…?」
「ん?」

My ladyはそう、ヘンリーを呼んだ積もりだったが、ベイリー、と階級無く呼んだ為、俺が返事をした。

「何じゃ、貴様もベイリーか?」
「はい。」
「うぅむ、ややこしいの…。ファーストネームは何じゃ。」
「キースです、キース・ベイリー。」

神経質なMy ladyは、薔薇の蕾が開花した如く壮大な笑顔を俺に向けた。

「今日から貴様はキースじゃ。キース以外では呼ばんからの。」

して私が呼んだ時は返事をする様に、と薔薇の笑顔を扇子で隠した。
此れが、一番最初の仲間からの反感だった。




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