富、知性、死、そして愛


ダウトを遣って居た。眠気はあるのだから寝ても良かったんだけど、如何も寝る気には為れ無くて、ダウトをして居た。本当はポーカーをしたかった。俺は此れが強いから。でも相手をするキースがルールを知らなくて、…何でも良かったんだ。本当は。
気を紛らわす事が出来るなら、ダウトだろうがブラックジャックだろうがセブンブリッジだろうが、何でも良かった。メモリーズは、眠気で断念したけど。
「何、考えてる?」
珍しく今夜はキース、ブランデーを飲んで居た。誰かに貰ったと云って居た。掌で温める仕種は普段見ない分優雅で、グラスの中で揺れるブランデーは、俺の気持を表して居るみたいだった。
緩やかに揺れて居るのだけれど、自分では揺れる事が出来無い。
「何も…?」
「一度も勝って無いけど?」
指摘の通り、一時間して居るが一回も勝って居ない。何度負けたかって?数えて無い。
俺は静かに手札をテーブルに伏せた。
「五十二枚、ジョーカーを入れて五十四枚。何が好き?」
聞いてみた。
キースは手札を見ると片眉上げ、俺の手札を見ると考える事無くトランプを一枚抜き、空のグラスの上に置いた。
「ダイヤの、クィーン。」
クィーンの顔は、何処か痛そうに片眉吊り上げ、眉間に皴を寄せて居た。手札見た時のキースそっくりだった。
ダイヤ―――貴族。其のクィーン。キングじゃないのがキースらしかった。
「ヘンリーは?」
手札にあった。
俺はグラスの上に乗るクィーンに、トランプを乗せた。
「スペードの、ジャック。」
「ジョーカーかと思った。」
小さく笑い、でも、スペードの選択は御前らしい、とは云って呉れた。
スペード―――騎士。其れのジャック。
「父親のクラブの三が好きだって云ってたな。」
「母さんはハートのクィーンだって。」
トランプ二枚を眺めて居たキースは、驚いた目を向けた。ダイヤのクィーンを想像して居たらしい。
「だったら俺達は、トランプの兵に為ろうか。」
「嗚呼御免、俺、眠り鼠担当何だ。」
「じゃあ俺、チャシャ猫に為る。Mew...」
其の猫が実際そんな風に鳴いて居た記憶は無いが、キースの鳴き声は流石の猫気違い、全く似て居た。堪らず俺はキースの顎下を指で擽った。こうすると猫は喜ぶと、此れ又同じく猫気違いの父親に教えて貰った。
俺は母親譲りの猫アレルギー。でも嫌いじゃない。写真で見る分には良い。
特に、目の前に居る猫なら、大歓迎。
「ほらほら、気持良いかい?俺の可愛い猫ちゃん。」
「擽ったい…。でも、悪くは無い。」
唇を噛み締め乍らにたにた、キースの顎下を撫でた。
そう云えば、発情猫ってのが居た。此奴はにたにた笑って居た気がする。先の在の猫も終始笑って居るが、在れは何方かと云うと、にんまり、大きな口を開いて居た。
何だ、俺は眠り猫担当じゃ無くて、発情猫担当だったらしい。
足元に風が微かに当たり、風の方向を見るとヴィヴィアンがドアーを閉めて居た。
夜は彼女、寝る迄庭に居る。星を見て、多分占いをして、寝る。彼女の目に映る星は一度見た事あるけれど、元から彼女の目に住んで居る様に違和感は無かった。
「レイディ、御休みで?」
俺は聞いた。
――そう、寝るの。
「テイラーは?」
キースは聞いたが外方向かれ、鼻先を俺に向けた。
――ベイビィ、鼻を貸して。
「はいレイディ、良い夢見て。」
鼻先同士のキスを一つ、無視されたキースはスペードのクィーンと同じ顔をした。眉を吊り上げ、何処かを見て居るクィーン。視線の先に何があるのか、其れはクィーンにしか判らない。
彼女は目を開くとキースに向き、身体全てで一礼した。
俺は其れに、一寸むっとした。
「ヴィヴィアン…?」
――うふふ、知ぃらない。
彼女の中で、俺は息子に為ってるみたいだった。キースは、全身で挨拶をする程高い位置に居ると見える。
だから聞いた。
「ヴィヴィアン。」
――何?
「キースはトランプで表すと、何かな?」
トランプの散らばるテーブルに前足を乗せ、物色した彼女は左足でたしっとトランプを叩いた。
ジョーカー。
キースは複雑な顔をして居た。
――キースはベイビィのジョーカー。最後の切り札。
「俺って切り札?」
――かもね。
「Okey...キースはジョーカー。俺は?」
彼女の位置からは遠いのか、大きく息を吹いた。テーブルのトランプは床に落ち、下を見た彼女は望みのトランプが落ちて居る事に尾を振った。
矢張り左足で其のトランプを引き寄せ、器用に舌に貼付けるとテーブルに置いた。
スペードの、一。
「ヴィヴィアン、愛してる。」
――一緒で良かった。ベイビィ、夜更かししちゃ駄目よ。
団栗みたく丸い目をアーモンドの様に細くさせた彼女は振り返り、薄く笑って階段を上った。
其の後ろ姿を見たキースは、云った。
「在の王妃は、左利き?」
「じゃあ君の子だ。色も似てるし。」
「やっぱりそうか。そうじゃないかって思ってた。在の時の子かな…」
「何の時の子だい…?ハニィ、君に子供が居る何て、此れっぽっちも知らなかったな。」
「ええとな、五年位前にな。」
暫く其の話しで盛り上がった。すると行き成りテイラーが息を切らして庭から入って来た。俺達は驚き、彼女がそんな風に乱れる事は無いから、会話を止めた。
「テイラー…?」
――空が落ちるわっ
錯乱して居た。俺達はまさか空が落ちる何て有り得無いと吹き出し、けれどテイラーは構わず吠えた。
庭に向かい吠えて居ると二階から“クラブのクィーン”の「煩い」が来た。
――嗚呼御免為さい御母様。でも空が落ちるのっ
――空は落ちないわ、馬鹿ね。
テイラーは忙しなくぐるぐる回り、気に為った俺は庭に出た。
そして、空が落ちる様を見た。
「流星群だ…っ」
確かに此れは、空が落ちて来て居る。俺の声にキースも庭に出、見上げる事も要らない程の空の姿に絶句した。
「嘘だろう…」
真上何て次元では無く、目の前の空に星は流れて居た。
俺は唾を飲み込み、ブランデーの様に揺れて居た気持を固体にするべく、キースの手を握った。
「キングもクィーンも、ジョーカーだって居る…」
流星に願い事を三回云えば願いは叶う。こんな無数にあるんだ、一つ位其れをして欲しい。
「ジャックが、足りない…」
俺は星を見て居たけれど、横目で俺を見るキースの目は視界に入った。
「息子が、欲しいって…?」
「ハートのジャックが、俺には必要だ…」
ダイヤは富或いは権力、クラブは知識、スペードは死、ハートは愛。
ダイヤのジャックじゃ駄目。
クラブのジャックではまあ良いかも知れないが、知識ってのは実際そんなに必要無い。常識があれば良い。クラブは農夫を意味するから、良くは働くとは思う。
スペードのジャックは無知故に死を極端に恐れる。
俺に必要なのは、ハートを凝視する、愛を至高と考える若きジャック。
「俺達はスペード(騎士)。戦い、そして守る事しか出来無い。」
「うん。」
「愛を伝える人間が、必要だ。」
キースの手を一番強く握り、離すと此の空に両手を広げた。
一つ位、抱けそうだと―――。
「ハートのジャックを下さいっ」
テイラーは前足を飛び上げさし乍ら吠えた。
「其れが駄目ならクラブでも良いですっ」
「ダイヤのジャックは要らない。貴族はもう沢山だっ、ヘンリーに似たクラブが良いですっ」
「俺達の愛を強くするハートを下さい。」
夜に俺達は何を遣って居るのか、隣のレイディと(彼女は二階窓から流星群を眺めて居た)目が合い、又在のホモカップルが訳判らぬ事をして居る、と頭を引っ込めた。キースは此の御嬢さんが大嫌いだ。一度朝会った時、磨いた靴の上に「オカマ野郎」と唾を吐き付けられたから。
そんな御嬢さんを見て仕舞ったキースは「そうだそうだ引っ込め」「御前のクレーター顔面に星何か似合わない」「星を見る前に歯の矯正しろ」と腐した。
キースは平気で女性を貶す。在の御嬢さんみたく何かをされたのならしても構わないが、無害な女性迄標的にするから頂けない。
ハートじゃない、ダイヤの家系の男はこう為るから、頼むよ。ハートのジャックを、俺に下さい。一心不乱に愛を見詰める、在の美しい息子を。
スペードは、もう沢山だ。




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