肉慾スープも召し上がれ


「ええ…?」
台所に、夫が立って居る。冷蔵庫でも漁って居るのか、悪いが夫の食欲を満たす一番の肉は無い。長い髪を一つに縛り、鼻歌と一緒に揺れて居る。妻はそんな夫の姿が不気味で堪らない。機嫌が良いのは有難いが、気味悪い。
「白虎ぉ、白虎ちゃん。」
――はいな、御父ちゃん。
野菜をたっぷり乗せた籠を咥える娘は一層機嫌が良い。普段から娘はまあ機嫌が良い為、可愛さ倍増だ。
「何してん…」
昼寝をして居た妻の起床を知った夫は振り向き、笑う。横に立った妻の後ろに回り、包丁を持たせた。俎に乗る野菜、切れと無言の命令を受けた。
「ん…」
後ろから回る夫の手は暇なのか、野菜を切る妻に構う事無く、腰回りを撫でた。
「肉付いて来た。」
「海軍様々やで…」
「ええ案配…」
夫の本職は考古学者である。正直其れだけでは生活は苦しかった。給料は勿論あるが、仕事が無ければ安い給料の侭、副業で漸く最近に為って人間らしい生活が出来る様に為った。とは云っても、本職が副業に為りつつはある。
金が無い為食事は質素の極みで、妻の身体は骨だらけ。贅沢は一寸良い肉を買う位で外食では無い。其れが最近、贅沢が常レベルに為り、贅沢レベルが上がった妻はふっくらと、漸く“一寸細いかな?”レベルに体型を変えた。一寸細いかなレベルなので、一般的な女からみたら羨ましい限りの細さだろう。
長い肢体は踊る様に揺れ、小さな顔は般若顔の美人で、ヒール靴を履くと、一八0センチ超える夫の顔半分の差しか生まれない長身、モデルにしか見えないのだ。
けれど夫は、モデルを伴侶にした訳では無いので、妻の細さは不満だった。女とは矢張り、抱いた時の柔らかさが重要なのだ。其の点だけは不合格だったが、最近合格に為りつつある。此れは妻としても嬉しい。
何故かって?
少し身を屈めた夫は、野菜を切る妻の外腿に手を乗せ、内側に撫でた。
「太れ太れ。肉厚な太股に為れ。」
今迄は爪を立てても皮膚に食い込む程度しか感触を得られなかったが、最近はきちんと肉に食い込む感触を知る。夫は此の感触が好きである。
「贅沢云うなら、乳もでか為れ。」
未だ微かな膨らみしか持たない妻の乳房を掴み、揉んだ。
「沢山揉んだらでか為る。揉んだろ。」
「こそばいねん…」
内腿に張り付く夫の手は熱く、汗ばんで居る。
野菜を切り終えた妻は如何するのか聞いたが、目の前の肉塊を調理する方に御執心で、聞いては居ない。
「八雲て。」
「何?終わったん?」
切られた野菜を見た夫は、俎を持つと鍋の中に流し、とろ火に掛け蓋をした。
「何作ってん。」
「ポトフー。」
「嗚呼。」
此れは中々、時間が掛かりそうではあるが、夕食には充分間に合う。其れ迄はじっくり、野菜に火が通る様に肉塊を調理するとし様。
両親を見て居た娘は、違う調理が始まった事に項垂れ、部屋に行った。御母ちゃん寝てるし出来る迄遊ぼな、と約束して居たのに…。此の時ばかりは母を恨んだ。
「ん…」
調理台に手を乗せ、小さな腰を少し突き出した。長い足の片方を膝に乗せ、スカートは一部に不自然な丸みを作り揺れて居る。スカートの中から聞こえる水音、ぴちゃんと蛇口から水が落ちた。
「膨れて来た。」
「八雲変態…」
「今更やんけ。」
膨れ始めた妻の快楽を舌先で転がし、肉の味を楽しんだ。臀部を弄り、味は強く為る。くるくると舌の全てで円を描く、妻は此れを“pleasure circle”と密かに呼んで居る。紙の上にペンを立て、紙を回すと段々と円が広がって行く。其れに良く似て居るのだ。
夫の舌が中心で、其処から身体全体に快楽が広がる。台所に、鍋の匂いが広がる様に。
肉と野菜の溶け込む匂いなのか、目の前からの匂いなのか、夫には判らない。唯、凄く本能を刺激する。
スープ全体に熱が回ったのだろう、くつくつと小さな音がする。其れに重なる妻の微かな声、スープの様に身体は熱かった。
野菜の中に迄、熱を通そう。じっくり、確かに、柔らかく為る迄。
「茜…」
鼓膜に浸透する声に妻は口を開き、熱く固い肉塊を中心で知った。
溶けてまう…
真ん中から。熱が全身に広がる。
煮崩れした野菜の様に妻は床に倒れ、マットに頭を乗せた。伸ばした両手を調理台に置き、くつくつ揺れた。
「嗚呼…」
蓋の隙間から出る湯気の様に夫は吐いた。
「美味しいな、茜…」
「八雲…」
「全部、食べたるよ。」
体液一つ、血液一つ、骨の全て迄、食べてあげる。
快楽に誘う肉厚な舌が頬を流れ、其の侭、肉と野菜がスープの中で味を出す様に舌を絡めた。じんわりと知る煙草の味、じんわりと知る飴の味、苦さと甘さが混ざった唾液が顎から落ちた。
「茜、茜……」
はて、ポトフーに生クリームは掛けただろうか。ミネストローネやコーンスープに掛けた記憶はある。
「八……」
どろりとしたスープにクリームが掛かる、脂質の取り過ぎじゃない?と一寸思うが、此れが美味しいのだ。ステーキにポテトサラダが付いてる様に。アイスクリームに生クリームが乗っかって居る様に。
妻の其処には、夫の其れが、良く似合う。
二人は良く其れを知って居る。
「ん、上出来。一回聞いただけやけど、出来るもんやな。」
夫は何時に無く機嫌が良い。
舌に広がるスープの味、妻は此れから先、此れを食べると、身体に快楽を広げるだろう。
「な、茜?」
「うん…」
テーブルの其の下、夫の伸ばす爪先が妻の鍋をゆっくり回した。
「ぜぇんぶ、食べや?」
野菜に火が通る、夫から、快楽と云う支配の鎖が伸びる。
機嫌の良い夫。妻は其れが、一寸怖い。




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