死が二人を分かつ迄


二人で戸籍を眺めた。
筆頭世帯主斎藤八雲、配偶者茜、摩訶不思議な感じがし、此れが結婚か、と顔を見合わせた。茜の前の戸籍、由岐城の其れには罰印が付けられて居る。
「白虎、は。長女。」
「なあ。」
長女として認められない事に拗ねた白虎は床で蹲り、太い尻尾を寂しく揺らす。
「夫婦、やねん、なぁ…」
独り言の様に茜は呟いた。
此れ迄も五年、夫婦として過ごして居たが、はっきりと示された事に戸惑いを見せる。
「此れから厳しくしよ。」
「え…」
初期の在の精神的虐待を復活させるのかと、切れ長の茜の目は開いた。微かな怯えを見せる目に、同じに切れ長な八雲の目は、ふっと、意地悪く笑った。
「そんな怯える事無いやないか。」
「だって…」
「嘘嘘、嘘よ、茜ちゃん。」
ぶにゅ、と両頬を挟み、無様に突き出た唇に軽くキスをした。半信半疑で眉を釣り上がらし乍ら茜は頷いた。
「でねぇ、茜ちゃん。」
気持悪い、何とも気味悪い猫撫で声か。顔を離そうにも力は強い、益々怖く為り、視線を逸らした。
「ええもン、遣ろか?」
「何…?」
「欲しいの?」
「え、呉れるんちゃうの…」
益々訳が判らない。茜の頭はすっかり、過去の恐怖と現在の不気味さに混乱した。
「目、暝てて。」
「ん…」
閉じた目。無防備な唇を塞ぎ、其の侭ソファに押し倒した。当然茜は驚いたが、唇を強烈に噛まれ、又強く目を暝った。
「え…何?怖い、怖いわ。」
「黙れ。」
無遠慮に八雲の舌は茜の口内を犯し、涎が垂れた。少しばかり見せた抵抗、肩に当たった手を思い切り握った。細い手首は小さく渇いた音を出し、手先が痺れ始めた。
「八…八雲…八…」
「もぉちょい辛抱。」
口の中に血の味が広がる、噛まれた唇はずきずき痛む、此れの何が良い物なのか、伸し掛かる八雲の体重に息苦しく為った。
「八…」
「はい、もうええよ。」
呆気無く唇と身体を離し、八雲は座り直した。乱れた自身の髪を整える横顔を凝視し、結局何だったのか、茜も同じに髪を整えた。
「痛…」
髪が、何かに引っ掛かった。乱暴にされたから爪が割れたのかと見た左手に、息が詰まった。
爪は相変わらず真っ直ぐだった、其の下、真っ直ぐな指の根本に、原因はあった。
「何…此れ…」
「ええもン。」
前を見た侭珈琲を飲み、咳払いした八雲はソファから立った。そして、膝を付き、座る茜を見上げた。凝視する左手を握り、爪にキスを一つ、八雲の垂れ下がる前髪で其の行為ははっきり見えなかった。
違う、前髪だけでは無い。茜にも原因はあった。
「遅ぉなった、御免。」
「やく…」
柔らかく弓形る目に、唇が震えた。噛まれた傷口が滲み、痛さが増した。でも、構わなかった。
「ずっとわいの奥さんで、おって下さい。」
「八雲ぉ…」
小さな光が大きく光った。涙で宝石は無数の光を放ち、嗚咽が止まらなかった。競り上がる息が熱い、息苦しい、だけど感じた事の無い息苦しさだった。
「こんなわいやけど、付いて来て呉れる?」
「当た…」
余りの息苦しさに涎が零れた。涙と涎が一緒くたに為り、正直直視出来た物では無いが、目を腫らし泣きじゃくる茜の姿は、素直に愛しかった。
「当たり前やないかぁ、地獄の果て迄付いてくしなぁ…」
「あー…結婚てな茜ちゃん、死が二人を分かつ迄よ…。死んだら無効ですよ…」
「知らん、知らん知らんッ」
「知らん事あるかい。」
又お父ちゃんがお母ちゃん泣かせた。
拗ねて居た白虎の目は物語る。
ぐちゃぐちゃに為った顔を、ソファ前のテーブルに置かれる台布巾で八雲は拭き、うわ臭、と茜は跳ね退けた。
「八雲…」
「台布巾しか無いんだもの…」
「あたしの傍、ずっとおって呉れる…?」
スカート捲り上げ、其れで茜は鼻を拭いた。剥き出た太股に手を乗せ、八雲は頷きを繰り返し、又、手にキスをした。
「死ぬ迄、ならな?」




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