極めませんか?


新婚ならいざ知らず、長年夫婦をして居ると、数ヶ月に一度の生活でも問題は無い。何年も無いとなると問題ではあるが、男側が現役なら年関係無く身体を重ねたら良い。
「八雲、君は論外だ。」
話にもならない。
結婚して何年?と聞くと七年、其れで三ヶ月に一度だから、まあまあ合格ではあろう。
普通の男なら。
「君未だ二十三だろう…」
そんな間隔は四十代で良い、とてもでは無いが二十代前半の性欲では無い。
俺が二十代前半の時等、一週間に一回はセックスしないと如何かなりそうだったのに。
俺の性欲が極端に強いのかとも考えたが、違う、八雲が極端に弱いと判った。セックスも面倒臭ければ自慰も面倒臭い、然し八雲、十代前半の時は毎日して居たと云う。
…枯渇したか?
何が一番の問題かと云うと、欲情しない。妻相手だけかと思いきや、全ての女に欲情しない。美麗見て何とも思わない?と聞いても、乳でっかいなぁ、と云う…其処から性欲に繋げれば良いのに唯思うだけ。
如何云う仕組みで八雲が欲情するか判らないが、八雲自身も又判らず、いきなり“あ、今したい”と来る。困った事に、ムラムラする等では無く、“出来るかも”でする。
「次其れが来た時、一回我慢してみて。」
「其れで失せたら如何すんの。」
「其の時は又考え様。」

そう…一ヶ月前、マシューと話した。
寝る前、其の波が来た。
枕を叩き、寝る仕度をする茜を眺め乍ら、ほんま流してええんかな?と思った。翌日にある保証は無い、本当に無くなったら又三ヶ月待つのだろうか。そんな無謀な賭けに挑むならもうヤって仕舞おうか。
「茜。」
「ん?」
「今一寸来てるんやけど。」
伝えると茜は捲っていた布団から手を離し、私に近付いた。
「でもな?」
「うん?」
私のベッドに入ろうとするのを止め、自分のベッドに戻る様促した。首を傾げつつもきちんと自分のベッドに座った茜はじっと私を見た。
「此れ、友達と相談したんやけど。」
事情を聞いた茜はなんだか素直に頷き、其の素直さが気持悪かった。何時も散々、あんた何時立つの?と聞くから。
「ええの?」
「うん。」
「そう。」
「…具合悪いん?」
「いや、めっちゃ眠いの。」
「あ、そう。」
お休みと茜は布団に入り、五分もすると本当に寝息を立て始めた。こう来ると、天邪鬼な私は面白く無い。寝ている事に腹が立って来た。不細工な寝顔でも拝んでやるかと覗いた時、変な感情を知った。
あれ…、茜が可愛いぞ…?
笑っている様にも見える寝顔で、見れば見る程可愛く思えた。普段の私では絶対に無い事で、益々気持悪くなった。少し髪を撫でてやると、うふふん、と寝言を云った。
嗚呼…?何…?むっちゃ可愛えんやけど…
恐怖した。
頭がおかしくなったのだと確信した私は手を引っ込め、頭から布団を被った。何かの間違い、錯覚に決まっている、そうで無いなら明日精神科にでも行こう、幻覚症状か何かだ、心を病んで仕舞ったに違いない。ぎゅうっと目を瞑り、自身の精神状態を安じた。
翌日起きた私は、体調不良の侭職場に行った。具合悪いなら帰れと散々老師に云われたが、まさか其の理由が、妻が可愛く見えた事によるショックとは云えない。笑えない。云った所で寧ろ「多分其れが正常」と云われ兼ねない、本当にそうなら私は自殺する。ノイローゼを発症させて自殺する。茜を、愛情から可愛いと思う位なら死んだ方がマシだ。こんな哀れな精神を持って生きる位なら死んだ方が世の中に害が無いかも知れない。
其れは決定された。
今夜、死のう。
昨晩よりも、今朝よりも、今目の前に居る茜が可愛く見えた。
等々、わいの精神は崩壊して仕舞ったんや…
無理も無い。こんな般若面と長年一緒に居れば、精神の一つや二つ壊れてもおかしくない。だって怖過ぎる、恐怖に精神が耐え切れず終に崩壊して仕舞ったのだ。何と可哀想な私。慰謝料請求を裁判所に申告して死のう、恭子の役には立つかも知れん。
「八雲?」
「ん。」
「具合悪いん?」
具合所の騒ぎでは無い、精神状態が極めて悪い。加えて頭も悪い。嗚呼もう腐り切っているに違いない。
心配そうに覗き込む顔に心臓が跳ねた。
「八雲?大丈夫か?」
俯く私の頬を撫でる暖かさに心地良さを知り、逃がさない様に肩で挟んだ。
「何?」
私が気持悪いと思う同様、茜も又、こんな私を気持悪いと感じたらしかった。
「一寸、ほんまに具合悪いんと違う…?」
「うん。」
「一寸寝なさいよ、ね?」
「一緒、寝る。」
「はい…?」
頬から離れ様とした手を無意識に掴んで居た。
「もっと、触って。」
「八雲さん?あんた、ほんまに大丈夫か?」
「もうあかん…」
ノイローゼが進行して夢遊病にでもなったのか、茜にキスをしたの迄は覚えて居るのだが、何を如何して寝室に迄行ったのか記憶が無い。抑に、玄関でキスをした等全くの初めてだった。
茜が小さく声か息かも判らない音を出す度、頭がぐらぐらした。
知ってる、此の感覚。よぅく覚えて居る。
性欲に突き動かされた時の感覚。もう無いと思って居た其の感覚に、私は何故か興奮した。
理性が本能に押し潰される。
耳鳴りに混ざるのは自分の息遣いだった。
「は…」
「ええの、八雲、な…?いっぱい、いっぱい触ったるから…」
振り払うのは簡単なのに、本能が、私を押さえ付けた。私の手首をしっかり押さえる茜は執拗に首筋や耳にキスを繰り返し、舌で舐めては噛み付いた。
噛み付かれた場所から広がるのは痛みでは無く、信じられない事に快楽だった。
「噛むなや…ぁ…」
「嗚呼もう堪らん…、八雲むっちゃ可愛え…」
「煩い…ッ、云うなや…ッ」
口では何とでも云えた、幾らでも抵抗を見せた。此の抵抗も嘘では無いのだが、身体やもっと深い心の中では望んで居る、判っていた。だから腕を振り払わない。
尤も、そんな難しく考えなくとも、肉体の反応を見たら簡単。茜が乗り上げる下腹部ははち切れそうな程反応を示していた。
「茜…」
「何…?」
「入れて…」
女体から知る快楽と云う物を私は良く判っていない。射精が気持良いのは随分と前から知っている事なのだが、女体其の物に快楽を知った事は無い。自ら求める事も無いから、数ヶ月に一時のセックスで良い。マシューが云う様に、女の肉体から来る快楽を知って居たら、又求める事があれば、週に一度でもセックスをし様。私の性に対する意識は“射精する快楽”を求める物であって、“女体を堪能”する物では無い。
其れが、今、まさに、私の身体の一部は茜を欲して居た。
私は今迄、“女なら誰でも良い”と云う男達を何処かで軽蔑して居た。自慰をすれば良いじゃないかと鼻で笑って居た。
なのに、今の私は、“茜”と云う人物を欲して居る訳では無く、“女体”を欲して居た。茜で無くとも良い、誰でも良い、兎に角下腹部に集中する此の熱を、其れ以上の熱で包んで欲しかった。
離れた片手は、茜の下腹部に伸び、微かに聞こえた音に喉が鳴った。抜き出された中指は濡れ光り、紅も引かれて居ない筈の唇が色付いて見えた。自身の中指を舐め上げる其の舌を、其の味を、私の舌は望んで居た。
鼻先に擦り寄った茜の鼻先、直ぐ近くに、私が望む味を舌に残す唇がある。広げた其処に茜の舌が滑り込み、喉を鳴らした。
「八雲…、八雲大好き…、本当に好き…」
「云うな…、今、云うなや…」
「やっと、八雲を手に出来(ケ)た気ぃする…」
望んだ熱さ、飲み込まれる自身に息が漏れた。
「あか…茜…」
「ええの、な?」
「あかん…、付けろや…」
最初の数年…と云うよりは、私が海軍に関わる迄避妊具等知りもしなければ用いった事も無いが、知ってからと云うもの必ず使用した。
此れは私達夫婦で子供を望まないという結論から来たもの、最初の五年出来なかったからと云って油断は出来ない、子供と云う代物は実に厄介で、望まない人間の元にこそ寄って来る。
本当に望む人間の場所には、中々来ない。
本郷さんも「互いに出来ない体質だが、一人位は、本当に欲しかった」「子供好きな訳では無いが、時恵との子供は、可愛いのだろうな」とも云うし、一番に思うのはマシュー、此の同性愛者の両親だ。「何でだろうね、彼等は本当に子供を欲してた、ヘンリーは自分の子供で、キースはヘンリーの子供を産みたがってた」…何で子供は男と女で無いと生まれないのだろう、と。
一方で、子供を欲しがらない加納には子供が居る。
其れを考えると、私達夫婦の元に“今更”来る可能性が高い。…いや、申し訳無い、もう既に居た、白虎と云う愛娘が。なので言い換え様、もう要らないと。
「頼むし、ほんま…」
「抜いてええの?ええの?八雲さん。」
私の欲望を嘲笑う様に茜は力を込めた。ふわりとした快楽が一気に窮屈さを帯び、少し腰が浮いた。頭の上で腕を固定された私は益々快楽と欲望に取り巻かれた。
あかん、頭グラグラしよる…
茜であって茜で無い、目の前で笑う女は誰であろうか腐った頭で考えた。
前に一度夏彦氏が「女にレイプされそうになった事がある」と訳判らぬ事を云って居た。老師も私も、弥勒氏迄も夏彦氏を本気で心配した、女に強姦される?何を云って居るんだろうと。非同意で肉体関係を結ぼうとしたのだから此れ立派な強姦だろうと夏彦氏は云うのだが、体格差や力の差を考えれば笑いしか出なかった。突き飛ばすか殴るかすれば良いじゃないですか、と私が云ったら、そんな次元じゃ無いと、此れ又訳判らぬ事を云った。
成る程、こう云う事だったのだなと、漸く理解出来た。
此れは完全に合意だが、動きを封じられ、茜の望む侭に行為を進められるのは、強姦に近い何かがあった。となると、男の欲望の侭に行為を進めたら、例え合意でも強姦になるのだろうか。そんな下らぬ事を考えた。
唯見ると、茜が覆い被さって居るだけに見えるが、スカートの中、見えない其処では凡ゆる性の活動があった。互いの性器は絡み合い、静かにゆっくりと私の欲望を引き摺り出して居た。
「八雲、気持い?」
「ん…」
「云うて、ちゃんと云うて。加減するから。」
茜自身は最大限に迄力を入れた時が気持良いらしいのだが、其の最大限の締め付けは、案外痛かったりする。痛いというより、何だかムズムズする。気持良くない訳では無いのだが、好きでは無い。
「もうちょい…緩い方が好き…」
「此れ位?」
「嗚呼、そう…、そん位…、そん位で…」
「こう、がええんでしょ?」
「…其れ…」
「其れが?」
「…気持ええです…」
舌が絡まり合う度、私と茜も絡み合った。ヌルヌルとした底無し沼程の快楽に神経、感覚、理性が全て持って行かれた。茜に支配された。
「あかん、イく…」
「ええよ、ええよ、八雲…」
打ち上げ花火の様でいて、線香花火の様な儚い快楽の果て。鼻に掛かる微かな茜の息、笑って居た。
「八雲、大好きよ…」
肉体の繋がりはこうも容易く離せるのに、茜の愛情を離す事は出来ないと私は、だらしなく寝そべる私自身に言い聞かせた。




*prev|1/1|next#
T-ss