労働は国民の義務


一番最初にアルバイトを始めたのは、高校一年の夏休みだった。最近では余り無いが、私が高校生だった頃は“高校生可”も多く存在して居た。夏休みは特に人が増える時期で、稼働率が上がるなら高校生でも構わん、とそう云う事だ。
因みに余談だが、松山から教えて貰った風俗関係のアレ、十八歳未満なら寂れたスナックでもボランティアでも法に掛かりアウトなのは御存じだろう、其の十八歳のラインだが、幾ら中卒のフリーターでも、“出生からの計算上高校三年生”なら雇えないと云うものだ。
此れには私も驚いた。十八歳でも、計算上高校三年生に匹敵する場合、法に引っ掛かるらしい。アダルトビデオの貸し出しも同じ事ですよ、男性諸君。十八歳無双でレンタル屋に行ったら大層な恥を掻くので御用心をば。同じ男なら判って呉れるだろう、と気持判らなくも無いが、貸し出したら貸し出したで、発覚した場合の責任は店舗が、最悪貸し出し受付をした店員の収入をゼロにして仕舞うので、悔しいの判るが、此処は卒業迄我慢しましょう。何大丈夫、十八歳以下(子供)に戻りたいと願っても、二度と戻る事は出来ず、只管大人の道を歩かされる羽目に為るので、法に守られる時を堪能して頂きたい。大人に為って初めて、子供の贅沢さを骨身に染み渡らすのだ。
飲酒喫煙も二十歳以下は駄目ですよ。此の先、何年何十年と、嫌でも付き合わされるのだから…。
人生初めてのアルバイト先は、モスバーガーだった。理由は、モスバーガーが好きだから。安易だが受かったので有難い。
此れが目茶苦茶忙しい、目が回る。此れがマクドナルドと考えるとぞっとした。客としてでも行きたくない程客が多いのに、其処で働くのは考えられない。
別、金に困り働いた訳では無い。遊ぶ金が欲しい訳でも無い。実際夏休みにアルバイトをして居ると遊ぶ暇等無い。
何と無く、社会と云うものを、生意気にも見たかったに過ぎない。此れが労働か、と夏休み終わる一週間前には尽き果てた。
次のアルバイト先、此れは二年生の夏休みで、ショッピングセンターに入るクレープ屋だった。飲食ゾーンには凡ゆるスウィーツ店が沢山並び、何故か、何故か知らんが、私が居た店だけ矢鱈に繁盛した。其の店を選んだ理由が“暇そうだから”であったのに、全く逆だった。
此れには絡繰りがあった。
辞める一週間前に“出来れば学校が始まっても続けて呉れたら嬉しい”と美人な店長に云われた。此れが男なら「一応学生なんで」と断れただろうが、美人の店長だ、二言三言返事で、結果、高校を卒業する迄働いた。辞める時、「大学何か行かないで此の侭正社員に為れば良いのに」と店長から冗談を貰った。八割本気だろうが。目が本気だった。
実際此の店は暇だった、らしい。私を雇う迄は。
クレープ屋に来た事ある方なら判るだろうが、調理場が丸見えだ。甘い匂いで人を寄せ付ける魔界、な筈が、並ぶ客はクレープ等端から目的では無く、“私が”目的だったのだ。
列列列、長蛇の列。ほんまクレープ食べたいなら他所行って呉れ、と並ぶ女達を視界に思った位。
「はい如何ぞ、太れ。ほんで転がれや。」
「やぁだ、八雲くぅん。有難うねん。」
「はい次、二個も食べんな。作るわいの身に為れ。」
「あたしの為に有難う。がっつり胃袋に愛を収めるわ。」
そして此の店、飲食スペースを捕獲して居たので、見られるわ見られるわ、ハイエナ達に。あたし以外の女に作ったわね…そんな痛い視線もちらほら頂いた。食べ終わったのなら次の人の為に席を空けて下さい、ほんま御願いします。生クリームみたいな視線で見ないで頂きたい。
暇に為るのは大体昼から三時過ぎ迄の間だった。此の間皆様は昼食を食べてらっしゃるので。此の時束の間の休憩を取るのだ。
「あー、斎藤、いけないんだあ。」
此の店長は、違う地方から来た人なので、訛りは無い。標準語に近いイントネーションで話す。
エロ本と煙草、珈琲を堪能して居た私は、行き成り現れた店長に慌てた。二つの法律違反を犯して居るので。
「クレープ屋店員がヘビースモーカーとか笑えない。」
云い乍ら店員は煙草を咥え、暇な私は火を点ける。
「ホストか、君は。」
「大学生に為ったら為ろかしらん。」
店長はきりきりと笑う。
其れよりも、“大学生”に為れるかは知らんが。頭脳もあるが、金がね。高校迄は行かせる、が親からの意見なので先は判らない。大学に行きたいなら自分で払うか、奨学金だろう。実際、二年なのに私は何も考えて居ない。
店長は口数の少ない人で、一本吸い終わると「妹さん来てるよ」、在のステンレスみたいな兄さんと、とだけ残し、休憩室から出た。
煙草の匂いをも凌駕するクレープの匂い、私はほんのり甘い匂いのする気持悪い男である。
「恭子ぉ。」
「やぁあくにぃいッ」
恭子は週に一度、曜日は区々だが此のショッピングセンターに来る。店長が云った“ステンレスみたいな男”は勿論松山の事で、明確過ぎて笑えない。
「カスタードッ、いーちーごッ」
「チョコレートぉ、そぉいッ。ガトーショコラオマケやッ」
「いやっふぅういッ」
兄ちゃん、此の時ばかりはクレープ屋で働いて居て良かったよと思う。びょんびょんとジャンプし調理場を覗く恭子が可愛くて堪らんのです。
「はい松山はん、グラタンクレープです。御待たせしました。」
「チーズ減らしたな…?」
「松山はんがメタボ為らん様、気ぃ使こてるんです。」
此のショッピングセンターには恭子の好きなディズニーストアが入って居るので、毎回必ず、でかい袋を下げて居る。買った其れを私に見せ乍ら、クレープを食べる姿に癒され、上がり迄頑張ろうと気合いが入る。
「おぃえー、八雲ぉ。」
「奢れやぁ。」
来た、来た、来ました、悪友二人が。今日もええ具合に頭悪そうな不良スタイル。松山が居るだけに洒落に為らない。
此の店はそんな店とちゃいます。
「金払えや。」
「渋ちん。」
「馬ぁ鹿。」
「馬鹿ちゃいます、パァですぅ。」
恭子、松山、謙太、光大は毎回同じ物しか頼まないので楽である。偶にふらっと来た一見さんが、私でもレシピを覚えて居ないクレープを注文したりするのとは違う。
本物とパシリ、みたいな光景を調理台片し乍ら視界の隅に入れて居ると、嫌ぁな物体を捉えた。
「あれ、御嬢。」
「茜やんけ。」
「あッ、いや…」
其れで隠れて居る積もりか、一七0センチの身長(プラスヒール靴)は隠せて居ない。横には学校のマドンナ、天使、小百合ちゃんも居る。今日も何と可愛く華麗で天使な事か。真横の破壊面とは豪く違う。
見付かったのなら仕方が無い、腕を引く小百合ちゃんに「ほんま無理」と茜は未だ隠れ様とする。
「御注文は、小百合ちゃん。」
メニュー表を見る姿も可愛い。白い手に持たれるピンキーアンドダイアンの財布も可愛い。本人がキラキラして居れば、財布もキラキラして居る。
「八雲君が作りたい物、作って下さい。」
何だ、其の語尾に羅列するハートマークは。間違ってプレートの上で絞った生クリームみたく、私の顔面筋肉は弛緩した。
「生クリーム、好きぃ?」
自分でも気持悪い程、鏡が無くて良かった。
「だぁい好き。うふふ。せやから豚ちゃあん。」
「あははぁ。」
わいの生クリーム、顔面に掛けたろか。
「八雲君がクレープに為ったら、毎日食べたげるぅ。」
クレープに為らずとも、是非是非食べて頂きたい。
見掛けは天使の小百合ちゃんだが、かなりのビッチだ。合コンに行けば必ず持ち帰りされる。私も其の合コンに行きたい。
小百合ちゃんが結局何か好きか判らないので、適当にクレープを作り、するとビッチの本性「やぁん、うちが一番好きなのぉ、何で判るぅん?」と甘い声を垂れ流す。嫌いだろうが何だろうが、此のタイプの女は、自分が可愛く見える嘘を平気で吐く。案の定松山は計算された其れが嫌いなので、極力小百合ちゃんを見ない様にして居た。
ええ私だって判って居る、小百合ちゃんの本性を。然し弱いんですよ、男とは、こう云う女に実際。
「御嬢、財布仕舞って下さい。」
「うん…」
小百合ちゃんはきゅるきゅると大きな目でクレープ作る私を眺め、茜はと云うとメニューを未だ見て居た。小百合ちゃんにクレープ渡し、「御注文はぁ」と無表情で聞くと「同じの、下さい…」と項垂れた。
結果松山は、悪友二人と小百合ちゃん、茜の代金を払い、カスタードクリームに苦戦する恭子の世話をして居た。
「はい。」
「有、難う…」
「生クリーム、減らしといたで。」
「え…?」
「甘いの、嫌いやろ、自分。」
小百合ちゃんに対し、一寸多めに生クリームを使ったので、茜に規定の分量を使うと合わないのだ。真実はそうなのだが、茜は阿呆で、泣きそうな顔で口元を緩ませた。
馬鹿め、真実を知らず喜ぶとは。
こう云う性格なので、小百合ちゃんみたいな淫婦属性と相性が良い。表面でしか付き合わない為だ。
「甘いの嫌いな癖に来るな。」
「御免…」
ニヤニヤニヤニヤ、松山はこう云うのは大好きで、ステンレスをべこんべこんにする。
「次からは下のにし為さい。辛いの好っきゃろ、此れチリソース。ほんで…」
次…。
其の言葉に「又来て良いんだ」と、茜は本物の笑顔を呉れた。
「うん……ッ」
弱いなぁ、わいも。ほんま弱い。
やっぱなあ、彼女には、弱いんですよ。ビッチ小百合にラブラブビーム出され様とも。巨乳を強調され様とも。
「青春してますなあ。クレープより甘し。」
店長が後ろでニヤニヤ笑って居た。




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