KAMIKAZE BOY


マウリッツの阿呆に一日疲れ果て帰宅し様とした其の時、困惑する門番達を見た。直立不動で真直ぐ前を向き、此れは在れに似て居る。
風神と雷神。
何方が何方かは忘れてしまったが、彼等は良く似て居た。
困惑の原因は、一人の幼児だった。般若面の彼等を、ずっと無言で見上げて居る。子供相手に動く事は出来ず、然し気になる。
「Good afternoon. Little lady.」
俺が其の少女に話し掛けると、門番達は同じタイミングで溜息を吐き、張って居た肩から力を抜いた。少女は黙って俺を見上げ、其の切れ長の目に息を飲んだ。
ざわりと背中に鳥肌が立ち、何処から来たの、そう聞こうとした矢先、少女は真後ろに引かれた。
「此の馬鹿っ」
行き成り聞こえた言葉に、俺達は顔を見合わせた。聞いた事はあるが、其れが俺の考えて居る国なのか不明瞭であった。
両膝に手を置き上体を屈した姿で荒い息を吐く男。白衣を来て居た。
「如何して御前は、何時も何時も研究室から抜け出す…」
余程走り回ったのか、言葉の間々に咳を混ぜた。少女は何も云わず、唯一度頷くと其の男の頭を叩いた。
「何で叩く…?」
「パパがあたしを無視したから。」
抜け出した理由なのか叩いた理由なのか、或いは両方か。理不尽に叩かれた父親を俺は見た。
少女に似た切れ長の目、其れを一層強調する眼鏡。俺は其の男に、加納元帥を重ねた。と云うよりは、加納元帥と間違えた。
なので、キースに用でも?日本から御疲れ様です、と云った。
当然男はぽかんと口を開き、後ろを向いた。
「いえ、貴方です。加納元帥ですよね?」
「いえ、違いますが…」
良く良く考えたら、加納元帥が白衣を着て居る筈は無いのだが、俺の中での加納元帥は“白”と“眼鏡”、何とも曖昧なものである。
「マーシャル…、彼は化学者ですよ…。名前は確か、長谷川。」
「Chemist?」
門番の一人が云う。
如何かしてくれ、日本人は皆同じ顔に見える。
俺は其の“ハセガワ”と云う男を凝視した。ハセガワは気付くと視線を反らし娘の手を引いたが、少女は石像の様に動かなかった。
「マーシャルさんに、此れあげるの。」
だから此処に居たと、スカートのポケットから塊を出した。夕刻の太陽は其れは強く、少女の手に乗る塊は太陽の光で不思議な色を見せた。
「嗚呼っ、其処にあったのかっ」
散々探したんだぞ、とハセガワは其れを取り返そうとしたが、少女の手から先に俺が取った。
「超合金…?奇麗だね。」
光に当てると、又違った色を見せた。
「くれるの?」
「いえ、駄目です。」
少女は大きく頷いて見せてくれたが、ハセガワは首を振った。
「其れは、駄目何です。他の物なら…」
と白衣のポケットを漁り、出て来た良く判らない硝子板をくれた。
「何?此れ。」
「ナイフです。」
透明感の無い硝子に見える其れは他の金属と混ぜて作った、試作品のナイフ。強度が足りない為、一度切ったら折れると門から垂れる枝を切った。枝もナイフも折れ、ハセガワは其の残骸を蹴り払った。俺にやると云った其れをだ。
「所で君は、化学者だよね?半径一キロ以内は、陸軍基地内何だけど。」
何の為に大量の見張りが居るのか、俺は其れを風神雷神みたく立つ二人に聞いた。
「マーシャル、其れは大丈夫です。ハセガワは一応軍属です。」
「一応、ねえ…」
門番の言葉にハセガワは鼻で笑い、額を掻いた。
「無理矢理軍属にしたの、其方でしょう?」
「口を慎めよ、ハセガワ。マーシャルの手前だ。」
「ならマーシャル殿、私を解雇して下さいよ。」
挑発するハセガワに俺は笑った。
「解雇も何も、俺は君を知らない。し様が無い。」
「其れ、返して下さい。」
一方的に話しを遮り、俺の持つ塊を指した。其処迄必要なら、何故娘が手を伸ばせる場所に置いて居たのか、同じ親として疑問を持った。少女が一気に不憫に思え、言葉の変わりに眉を上げてやった。ハセガワは数回頷き、弾丸が無くなっても知りませんから、と少女の手を握った。
「弾丸…?」
此の塊が。
「そうですよ。新しい弾丸を作ろうと思って。」
だから軍属にされた、とハセガワはうんざりし、然し、俺は天才だから当然だな、と自負した。俺は其の話に妙に惹かれた。若しくは、ハセガワ本人。
彼は、変人な化学者と云う既成概念だけでは無く、異様な雰囲気を持って居た。
風が舞い、背中を見せる白衣が吹き上がった。顔を少し此方に向け、楽しそうに歪む口角を見た。
其の姿に俺は、吹き上がった白衣の様に全身の毛を逆立てた。
ハセガワが考えるのは、拡散銃らしい。弾丸の中に無数の気泡を作り、弾丸先が何かに触れた時破裂する仕組みと云う。詰まり体内で弾丸が破裂する。其れには、発砲の衝撃に耐える金属と拡散する脆い金属を要し、其の金属が、此れなのだ。撃たれたら痛いだろうな、とハセガワは顔を顰めるが、其の顔は何処か楽しそうに笑って居た。
「凄いな…」
俺は素直にそう感じた。
「凄いさ。」
ハセガワはシニカルに笑い、葉の合唱を聞いた。
「カミカゼ。」
葉の様に繊細な声、風の様に耳に抜けた。
「其れを俺は作ろうとしてる。俺のカミは唯御一人、御上だけだ。皆が云う神を、否定する。」
天皇陛下万歳と鼻歌混じりに両腕を上げ、全てを冷やかした。
「違うな、ハセガワ。」
此処は英吉利、だから女王陛下万歳だと云うと、ほざけと云わんばかりに笑った。生温い突風が吹き、余りの強さに俺は目を瞑った。次に開けた時、本の二秒程であるのにハセガワの姿は其処には無かった。広い通りが、前に続いて居るだけであった。真直ぐな広い何も無い道が。
神風は作れる。
ハセガワはそう云うが、ハセガワ其のものが俺にはそう見えた。掌の塊が、異様に重く感じた。




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