何時も洋服を着ているから判ら無かった。
其の日の彼女はモダンガァル宜しく、原色の派手な着物姿だった。態と丈の足らない真赤な着物で、此れ又派手な紫色の長襦袢を見せていた。真黒のボブヘアーは吃驚する程内巻きで、頭には花が咲いていた。橙色の羽織りに白の毛糸のマフラー。兎に角、凄まじい衝撃だった。
襦袢はそんなに見せる物では無いよな、頭の中にも花咲く変な女だな、俺だけそう思っていたに違い無い。他の通行人は、珍問屋或いは気違い紛いの彼女の姿を日常風景の一つとしか捉えておらず、当然、俺の様に立ち止まって見たりはしないのだ。辺りを見渡してもそんな恰好をしている女は居ないのだが、通行人は至って普通に素通りしてゆく。花魁姿で派手さに耐久性は持ち合わせている積りだったのだが、流石は俗世界。上には上が居るというか、派手の次元が全く異なる。此れは一種の見世物の領域だ。
彼女は、カフェーテラスたる場所で例の甘い物を飲んでいた。此の馬鹿みたく寒い真冬に、だ。本当に頭が可哀相なのでは無いかと、寧ろ心配になる。尤も、心配した所で、如何にかなる話でも無いのだが。
俺はそんな気持で立ち止まり、彼女を見ていたのだが、彼女は違った様だった。俺が彼女を、彼女と認識して立ち止まった、と考えていたのだ。そんな事、全く以て無いのだけれど。だから彼女は俺に声を掛け、判らない俺は暫くして漸く、在の“ココア女”と知った。
名前はそうだ、ウチダマコ。
彼女は俺に気付くなり笑顔で手招き、寒空の下、横に座らされた。其れは丸で、女郎が柵の中から手招きしている様に俺は思え、簡単に座ったのだ。
ココアの甘い匂いに顔を顰め乍ら、珈琲を注文した。給女も給女で、良く判らない派手さをしていた。俗世界は、驚く程派手だ。
珈琲が来る迄の間、彼女と話す事は何も無く、承諾も得ず本を開いた。此れが若し恋人との時間であったらそんな事はしないが、生憎彼女は違う。しかし当然と云うか、彼女は理に解さず、本と顔の間に顔を入れた。鼻を突いたのはココアの匂いでも無く、強烈な白粉の匂いだった。
「申し申し、君。」
「……何だよ。」
「あたくしが見えませんかぁ?」
薄く色付いた口が艶かしく動き、其れに強烈な性を感じた。其の彼女の性は、一瞬で俺の耳に迄紅を落とし、余りの恥ずかしさに彼女の顔諸共本を閉じた。聞こえた低い呻き声に、しまった、そう思った時には時既に遅く、猫目が俺を睨み付けていた。白目は怒りで充血し、唯々黒い眼が俺を見る。
「何…すんだい…」
其の低い声に怯み、又在の烈火の如く怒り孕んだ罵りが来るのかと、強く目を瞑り構えた。
「あんた…あたしの顔を、本で挟みやがったな…」
「申し訳無いっ申し訳無いっ。態とじゃ無いんですっ。本当、御免為さいっ。」
身体を引き、俺は懸命に謝罪した。其の誠意か、唯単に俺の怯え様でか、其れは判らないが彼女の気配が消えた。片目だけ開き見ると彼女の顔は其処には無く、テーブルに肘を付き優雅にココアを飲んでいた。俺に恐怖を与えるだけ与えておいてだ。口の悪さも折に似ているが、性格も似ている。
俺が未だ恐怖に身体を震わせていると、何時の間に来たのか、テーブルに置かれた珈琲のカップを指で彼女は弾いた。俺は彼女の怖さに震えているのだが、矢張り彼女は勘違いで、俺が寒さに震えていると思った様だった。何処迄も、前向き思考の変な女である。
「飲みなよ。」
「はい…、頂きます…」
恐縮というよりは萎縮した。彼女は折と同じ部類だと把握し、刺激は極力控えた方が良いと、俺の第六感が告げた。
そうして、もう一つ。俺に告げた。

彼女と、恋に落ちる。

馬鹿なと思ったが、其れが如何も嘘に思え無かった。
緩く紫煙を吐いた彼女の横顔に、吐かれた紫煙の白さの様な気持を俺は感じた。其れが恋とは、未だ知らない。




*prev|1/1|next#
T-ss