好みの問題


普段から会いたく無いが、今日は尤も会いたく無い場所で和臣と拓也は出会った。元帥ともあろう人間が、こんな安い娼館に。安いと云ってもある程度金のある人間しか来れないのだが、和臣は元帥だ。拓也は中尉。此の雲泥の給料の差で、何故拓也の来る娼館に来るのか。
互いの顔を見た二人は瞬間逸らし、娼館の女主は笑いを堪えている。笑うな、と和臣に云われても笑いは止まら無い。其処に、今夜二人の相手をする女が揃って現れ、拓也の方の女が声を出して笑った。
「今日は乱交かい。」
「止めろよ、悍ましい。」
「私は良いよ。あー、処女じゃないけどね。」
女は云うが、和臣の相手とて処女では無い。透き通る様に肌は白く、今日は気合いを入れているのか、睫毛が不自然だ。
片眉上げ、和臣の相手の女を見る女は拓也の腕に絡み付き、明らかに挑発していた。
其の時だ。二階の廊下から、あー、と云う声が聞こえた。其の声に聞き覚えのある拓也は見上げ、声の主の歪みに歪んだ顔を見た。
「旦那っ!」
「雛子…あはは、居たの…」
「何で!今度はあたしって!云ったじゃん!」
舌足らずの雛子の張り声に、女は拓也を睨み付け、無言で腕を抓り上げた。
「母様!何であたしじゃ無いの!」
「だってね貴女、旦那が来たよって呼びに行った時、寝てたでしょう。だから真澄。」
「酷い!」
「ざまあ遊ばせ!旦那、行こう。」
涙目の雛子に拓也は引き攣り、和臣は鼻で笑った。
「俺も行って良いの。」
相手の女の肩に腕を回し、顎を撫でた。気持良さそうに目を瞑り、顔を和臣の胸に押し当てる。猫みたいな女だな、と拓也は思った。和臣の存在をすっかり忘れていた主は慌てて頷いた。
「そんじゃあ、井上。頑張れよ。」
「ちょ、加勢して。」
「冗談じゃない。行こう、雪子。」
枝の様に細い腕が揺れ、引かれる。こんな細い身体で相手をするのか、と拓也は真澄と雛子を見た。
「少しずつ肉やったら?
空気が一瞬にして凍り付き、真澄からは殴られ、雛子からは靴を投げ付けられた。拓也の言葉に和臣は足を止め、雪子から離れると拓也に近付いた。
「余計な世話。」
「だって、鳥ガラみてぇ。」
「じゃあ御前の相手は大福だな。見るからにぶよぶよしてて気持悪い。」
「あ?」
一体此の二人は何をしに来たのか。娼館であると云うのも忘れ、金を出して二人は女の趣味で朝方迄喧嘩をした。雪子を鳥ガラだミイラだ気持悪いと拓也は云い続け、和臣は真澄を餅だ大福だ関取だと云い続けた。拓也が云った、なら御嬢さんも御前には気持悪く映っているんだな、と云う言葉に、和臣は少し言葉を詰まらせ、罰悪そうに頷いた。顔は可愛い、申し分無い、けれど太っている、そう和臣ははっきりと云った。
其の言葉、きちんと時恵に伝えられたのは、云う迄も無い。




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