ココ ドコダ


私には、兄が二人居る。彼等は兄であるが、母親は両方違う、父親だけが同じである。父の愛人が子供を産む、良くある話だ。唯、両方とも“兄”と云うのが面白い。大概は下な物である。
私は別不満も無く、母自身も無い。母が不満を見せないので私も不満を見せない、と云う所であろうか。
私は馬鹿では無い、兄二人を母の子と思った事は無い。なんせ兄達母親達は同じ敷地に居るのだから。物心付いた時から、長兄は在の日本家屋の子供で、次兄は丸い西洋館の子供、と理解して居た。でも私も子供だ、敷地内に家が三つも建って居ると、誰が思う。“御近所の御兄様達”としか思って居なかった。実際を知った時、此れは私が七歳位だっただろうか、驚いた。
「御二人は、ワタクシの御兄様なのですね」
と兄二人に云うと
「今更?」
やら
「こっちも母親違う」
と教えて呉れた。
何やら複雑、然し複雑で無い人生等詰まらない。単調な人生は、老化を早める。故に父の頭ははっきりして居る(呆ける程の年では無いが)。
そんな兄達、沢山の遊びを知って居た。私が生まれる前は、散々危険な遊びを繰り返して居た。私が生まれると「時恵が怪我したら如何する」と一切の危険遊びを禁じられた。例えば、木から飛び降りる、やら、二階から飛び降りる。如何やら飛び降りるのが御好きらしい。
私が生まれてからは、隠れん坊に興じた。
そして、私が何よりも好きだった遊び。
此処何処だ。
在れ程楽しく、わくわくする遊びは無い様思う。
先ず目隠しをされる。そして次兄の背中に乗り、長兄がばたばた走り回る。視覚を奪われ、判るのは音だけ。
滅多矢鱈に走る、走って走って、走り回る。
方向感覚も完全に失せ、そう、私は此れが面白かったのだ。
見なくても判る家の作り、其れが判らなく為るのだ。全く他人の家に居る様な、そんな感覚だ。
「御兄様、御兄様、今は何処ですの?」
私の声は弾む。
「さあ?何処かな?」
揺れる背中、顔に触る髪、手に伝わる体温、次兄の弾む声。
「ほい、交代。」
今度は長兄に渡され、又走る。
「あら、此の匂い。二邸ですわね?」
家が違えば匂いも違う。本邸はひんやりとした匂い、二邸は花の匂いで三邸は畳の匂い。
然し、兄達は意地悪い。本邸の一室に二邸の匂いをさせたりと、兎に角走るのだ、判らない。
走るだけ走り、兄達の体力が程好く消耗された所で遊びは終わる。
当たりっこ無いのだ、誰も当てて貰おう等、考えない。
「当てたら俺の御八つ遣る。」
「今日は…何やったかな。」
少し息を乱す長兄は私を下ろす。
さあ、此処何処だ。
兄達の揃った声に私はニヤニヤ笑う。
「兄上の御部屋ですわ。」
「ほぉおお。」
此れは当たりの様子。
然し、其れが三邸なのか本邸なのか、中々難しい。
うんうん私は唸り、鼻を動かした。三邸にある匂いを私は感じ取ろうとした。
「三邸ですわ。」
「残念でしたぁ」
さっと払われた目隠し、目の前にあるのはグランドピアノ――本邸である。藺草の匂いがしたのは、ピアノの上に茣蓙が掛けてあったから。
「又外れましたわ。」
此れが兄一人なら当てれるかも知れないが、細工をする人間が居る。細工に細工を重ね、在る時等、父の書斎に母の香をぶちまけた(此の後兄達はしこたま怒られた)。
あはあはと笑い声は響き、そんな私達を後ろから眺める視線。母であったり父であったり…其の時居る暇な親達の誰か、或いは全員。
隠れん坊も楽しいのだが、なんせ広い、一人で見付ける事等不可能に近い。なので大概は父が休みの時にする。
其れを、中庭で茶を飲む母達が眺める。
「此れじゃ鬼ごっこじゃないか。」
「おい、和臣は何処だ。」
「宗一郎様、何故何時も和ちゃんだけ探しますの?可哀相ですわ…。屹度今頃…、恐怖で失禁してますわ…うう…っ。可哀相な和ちゃん…っ」
「其の恐怖は計り知れないだろうねぇ…、うう…和臣…っ」
「彼奴だけが何時も見付からん。」
「宗なら、あっち行ってたわなぁ。」
第三夫人の助言は大概が嘘である。
誰だこんな広い家にした馬鹿、と自分を罵る精根尽き果てた父に私達は近付き、「あ、居た」と云われると全力疾走した。あはあは笑い、私は何時も長兄に抱えられ逃げた。次兄は父を挑発する役目である。
隠れん坊から鬼ごっこに為り、終わりは何時も次兄の悲鳴である。
「終わりだ御前等、出て来い。」
次兄の悲鳴にのっそり姿現し、未だ体力余る兄達は違う遊び“此処何処だ”をする。
凡ゆる楽しい思い出を詰め込んだ箱。年月は流れ、私は目隠しをした。
一人でだと簡単だ、する理由も無いのに私はする。
さあ、此処何処だ―――。
私は今、何処に居る。
楽しい記憶は、目隠しされて居る。




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