棚の中


そうそう、あれは何処に仕舞っただろうかと時恵は手当たり次第に棚の中を漁った。納戸を調べても無く、倉かと思い漁るが無く、午前中費やした。納戸にも倉にも無いのだからと、昼を挟み、今棚を漁っている。流石に龍太郎の棚を漁るのは駄目だろうと手は付けていない。尤も、捜し物は時恵ので、龍太郎の棚にある筈は無い。
諦め、無いなら無いでもう良いと、茶を啜った。特別必要という物でも無く、気になったから捜し始めただけ。
「時恵様。」
手伝いが声を掛ける。
「何かしら。」
「倉に御砂糖は未だありますか?」
思い出し、頷く。
「ええ、未だあったわ。多分あれは砂糖ではないかしら。」
手伝いは微笑み、時恵から倉の鍵を受け取ると姿を消した。
其れに時恵は疑問を抱いた。
「砂糖なら、其処にあるんじゃないのかしら。」
呟き、食器棚の下を開けた。其処には菓子やら何やら食料が入っている。
固まる時恵。
「……………うん!?」
カリカリと菓子を食う物体。
「あら、御免為さい。」
パタンと閉める。そうして首傾げ考えた。
おかしい。絶対おかしい。
鼠なら未だしも、今のは明らかに人間だろう。時恵はもう一度、そっと覗いた。
居る。やっぱり如何見ても居る。幻覚等では無い。はっきりと実体が見える。
時恵は溜息し、勢い良く開けた。
「其れは龍太郎様のよ!?」
びくりと身体を震わせ、手からクッキーを落とした。
子供。物凄く小さな子供だ。人間の大きさでは無い。時恵の叱りに顔を歪ませ、泣いた。なのに何故だろう。全く声が出ていない。涙も口も動いているのに、音が全く無い。
「や、やだ。泣かないで頂戴…」
うろたえ、涙袋を押さえた。そうしたら止まる気がしたから。
「クッキーならあげるわ。だから泣かないで。」
其れが何か、時恵には判っていた。
座敷童子。
確信。実は時恵、何度も見た事がある。実家で、女子は自分一人しか居ない筈なのに不思議に思っていた。其れを母親に云うと、座敷童子だと教えて貰った。決して悪い子では無いから意地悪をしては駄目と。
なのに、なのに泣かせてしまった。
本郷家、破滅への危機。
嗚呼、何と云う事をしてしまったのだろう。時恵は自分を呪った。
「御免為さい。許して頂戴…?」
くすんと鼻を鳴らす童子に如何したものかと息が出る。
しかし、見れば見る程、何だかみすぼらしい。下手したら貧乏神に見える。そうだと時恵は手を叩いた。
「ねぇ、貴女。新しい着物、欲しくはない?」
見上げる童子。微かに高揚している。
良かった。少しは此れで機嫌も直ってくれるかもしれない。そう願い、童子を自室へ手招いた。箪笥から着物を取り出し、前に並べる。
「どの色が御好き?誂えてあげるわ。」
其の言葉に童子は笑い、青い着物の上に座った。今着ている着物も、昔は青かったのだろう、其の色彩を微かに留めている。
「青が好きなの。」
笑い、頭に触れ様としたが、ふっと消えた。
「まあ、人に触れられる事が嫌いなのね。」
姿は見えないが、足音が聞こえる。又、家の何処かに行ってしまったのだろう。時恵は笑い、縫い目を解いていった。
気付けば、何時の間にか夜になっていた。首も、肩も、手も目も痛い。
「龍太郎様が、帰ってみえるわね。」
首を鳴らし、背伸びをした。畳に寝転がり、息を吐く。
「結構大変ね。」
ふっと出来る影。白蓮が覗いている。
「如何したの?」
触り、白蓮は玄関に視線をやる。主御帰宅、其れを知らせてくれた。
「有難う。貴女は本当に良い子ね。」
起き上がろうとしたが、首に激痛が走り、悶えた。慣れない事はするものではないと、笑う。足音。軽いものではなく、重い。龍太郎だ。
「…如何した。具合でも悪いのか?」
寝転がっている時恵に、聞く。
「済みません。慣れない事をしたもので。」
ふふ、と笑う時恵の横に置いてある仕立て途中の着物が目に止まる。腰を下ろし、龍太郎は其れを手に取った。
「随分と小さいな。誰のだ?」
「童子ちゃんのですわ。」
「童子?」
首を傾げる龍太郎。
「まさか、座敷童子とか云わないだろうな。」
「さあ、如何でしょう。」
小さく笑い、龍太郎の頬にキスをする。
「御帰り為さいませ。」
「嗚呼、帰ったよ。」
小さな足音。姿は見えない。そうして、又何処かに駆けてゆく。
着替え始めた龍太郎の手が止まる。見慣れない手帳。随分と古い。自分の物でない事は確か。少女趣味は持ち合わせていないつもりだ。
「時恵。此れは、御前のか?」
其の手帳に時恵は目を見開いた。あんなに探してもなかったのに、何故其処にあるのか。龍太郎の箪笥にあったのか、通りで見つからない筈だと、溜息を殺した。
「ええ。済みません、探してましたのよ。」
「探してた?何故俺の箪笥に入ってるんだ。」
「…さあ。」
不思議がる二人。聞こえる笑い声。理解した時恵は、声を殺して笑い、手帳を受け取った。
「有難う。私が探してたのを見付けて呉れて。」
でもね、如何せならもっと早く欲しかったわ、そう呟いた。
くすくす。
何処かで愛らしい笑い声が、響いていた。




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