父上と母上


夜中、目が覚めたのです。別に尿意を催した訳では無く、唯単に目が覚めたからに過ぎません。折角起きたのだから行って、帰りに水でも飲んで来よう。
そう僕は思い、部屋を出たのです。
ぺっすんぱっぺんとスリッパが床に鳴り、煩い事です。絨毯でも引いたら良いのに、父上にそんな考えは無い様です。一度そう云ったら、絨毯って何だっけ、と素晴らしい阿呆の返答。父上は絨毯を良く知らないみたいなのです。僕でも知っているのに。
そう云えば、父上と母上が歩く時音は鳴りません。
何故僕だけ鳴るのでしょう。

(※スリッパがでかいだけだよ)

真っ暗い廊下をやっと抜け、階段です。御祖母様の趣味で、此の階段は螺旋状。結構気持ち悪くなります。視界が明るいと、感覚が無くなります。
メビウスの輪、って御存知ですか?
そんな感じです。
まあ、終わりはありますが。
ひんやりとした空気に僕は少し震え、真っ暗な筈なのに、一室から本当に薄暗い弱い光が漏れています。おかしいです。あの部屋は、誰も居ない筈です。
父上と母上は、もう一つの邸で生活をしているので、其処に人は居ない筈。御祖母様かとも思いましたが、部屋は二階で、第一其処は客間です。
週末は此処に泊まりに来ている僕ですので、其れ位知っています。
そして、客は来ていない。
嗚呼、尿意も無く下りて来た僕に罰が下ったのでしょうか。泥棒を想像しました。
だって、微 か に 音 が す る ん で す 。
御祖母様を呼んだ方が良いのでしょうか。ですが其れは怖いです。泥棒よりも、寝起きの御祖母様の方が怖いです。
僕は竦む足を其方に向け、喉を鳴らしました。尿意は無かった筈なのに、失禁してしまいそうです。
物音に紛れ、何やら声もします。其れも二人。
嗚呼!怖い!失禁寸前です。
子供の僕が、大人であろう二人に勝てますでしょうか。無理に決まっています。
しかし無用心な泥棒ですね。微かにドアーが開いています。此れで光が漏れていたのでしょう。
僕の体は小さく、未だ子供ですから、其の隙間から中を伺う事は簡単でした。
嗚呼、何だ。
こんな夜中に、其処で何をしているのでしょう。

「父上?」

「っ!?やば…っ」
「へぇえ!?んあ…っ」
何とも気の抜けた声を出す母上。父上の下に居ます。
何を、しているんでしょう。服は肌蹴ています。

(※君は未だ知らなくて良いよ)

「一幸…?」
母上の虚ろな目の上で、父上が舌打ちをしました。
「しまった…」
何が、しまったのでしょう。覗いたのがいけなかったんでしょうか。
寧ろ、何故此処に居るのですか。
「声に驚いて、出た…抜く前に…」
…何が?

(※君を形成した液体とでも云っておこうか)

「…何してんだ?一幸…」
其れは父上、貴方もです。
「おしっこに、です。」
「そうか…早く行け…漏れるぞ…」
父上、何故か項垂れています。そうして、意味不明な質問をされました。
「弟と…妹…どっちが良い…」
「え?えーっと、では妹で。」
「気が合うな…俺も娘が欲しい…」
「一幸…早く、行かないと漏れるわよ…」
「あ、はい。済みません。」
僕は又スリッパの音を響かせて部屋に戻りました。
翌日、御祖母様に其の事を話したらげらげら笑っておられました。
「情けなねえ!息子の声に驚いて腰を打ち付けたか!あっはははは!こりゃ傑作だ!木島だってそんなへましなかったよ!あっはははっはっははは!」


御祖母様は、何でも知っています。
此れは僕が四歳の時の話です。
其の後、双子が生まれました。弟でした。
妹が良いと、僕は云ったのに。




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