彼と私


雨が降っていた。そんなに降らなくとも良いだろうに、一体何処にそんな雨雲を蓄えているのか、今日で一週間降り続いている。雨の中での訓練は身体に寒さを教え、夏なのに震えが止まらない。部屋の中に入ると、日本とは全く違う湿気の無さ。寒い。此れが日本なら、部屋の中は湿気でじめっとした生温い暖かさを持っている。其れが無い。
「ミスター。」
タオルを持ち、ドアーが開くのを待っていたハロルドは、水滴垂らす彼にタオルを被せた。
ハロルドより少し身長のある彼。下から覗いた拓也の顔は、寒さで固まっている。

彼は、温度を感じないのでは無いのか…?

そんな疑問を持ったが、彼が人間であるという事をハロルドは思い出した。可笑しな事だが。
彼は、生気が無い。生きているのに、存在していない。肉体も、魂も、何も無い、唯の、空洞。其れを一層感じるのが、彼の目。嗚呼、人間というのは、全く如何にでもなってしまうものだと知る。
「御休みを。」
そう云うと、彼は小さく頷き、ソファに倒れ込んだ。余程寒いのか、身を縮込ませ、上から掛けたタオルケットを強く握り締めた。床に伸びる彼の髪から雫が落ちる。其れを丁寧に、ハロルドは床に座りタオルで取った。何度も何度も優しく叩いた。
「雨は、嫌いだ…」
掠れた彼の声に、ハロルドは手を止め、声を聞いた。
「特に、夏の雨は。嫌いだ。大嫌いだ…」
彼の大事な人が亡くなり、埋葬されたのは、夏の、湿気篭る雨の日だった。
生温い雨が、冷えた自分の身体を湿らす。其れが嫌いだと、彼は云う。
冬だったら、何れ程良かったか。
雪の降る寒い冬だったら、もう少し一緒に居れただろうに。夏の暑い太陽は、容赦無く彼女を溶けさせて行った。
「ミスター。」
死んだのではないかと、錯覚。呼吸をしている筈の彼の身体は、掛けられているタオルケットは、全く動いていない。
ソファから落ちた彼の手は、恐ろしく冷たかった。
「ミス、ター…」
「生きてるよ。」

俺は、生きてる。
雨に当たり、思い出し、其れでも俺は生きている。

詰まらない人生を、俺は生きているのです。
誰に生かされている訳でも、死を望んでいる訳でも、生きたいと望んでいる訳でも、全く無いのに、俺は、唯唯、此の詰まらない人生を生きているのです。


彼の空洞の目は、全く生気を感じません。
私は其れが、美しいと思ってしまうのです。
人間の、本当の姿な気がして、ならないのです。




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