望んだ事


正直和臣は面白くない。何時も完璧で、スマートで、御眼鏡なんぞを召されている馨が。糞面白く無い事、此の上無い。
「面白くない…」
「木島さんは面白いですね、色々。」
云って逃げる馨を和臣は追い掛けた。
今二人は海軍基地の庭に居る。用事があり来た和臣に、和臣の好きな躑躅(ツツジ)が見事に咲いていると云った。家の庭に躑躅の無い和臣は目を輝かせ、こうして庭に居る。
躑躅を一通り楽しみ、けれど全く躑躅に関心を示さない馨に和臣は詰まらなさを感じた。何処迄も面白味に欠ける人間だな、私は木島さんの様に植物に現を抜かす程暇では無い、そうして何時もの喧嘩が始まった。
「畜生!化けの皮剥がしてやる!」
「あはは、やれるものならやって御覧為さいな。」
後ろから馨を羽交い締めにし、和臣は顔を赤くしている。ゆらゆらと揺らされ、馨は笑う。
「何か無いのか!」
突っ立っている中将に聞いたが首を振るだけ。
「私は完璧ですからね、非等御座居ません。木島さんの様に。」
「こんにゃろー!」
和臣の腕から逃れた馨は笑い乍ら逃げている。
流石に、十近く歳が違うと疲労の早さも違う。追い掛けるのを止めた和臣は息を切らし、白い肌を一層青白くさせていた。ぜぇぜぇと呼吸を乱す和臣とは反対に、馨は涼しい顔で空を見ている。
「鳩尾が…痛い…息が…鉄の…味がする…」
「歳ですね、木島さん。」
ほら、捕まえて御覧為さいと、馨は脱いだ軍服を振る。生温い風をそよがす初夏は、馨にも充分暑さを教えた。半袖の袖から伸びる馨の腕は筋肉がしっかりと付き、顔に似合わず頼もしく逞しい。
靡く軍服を一瞥し、和臣は芝生の上に座り込んだ。
「あっつい…暑い暑い。」
ベルトから下の生地をバタバタとさせたが、全く効果は無い。詰め襟を外し、釦を二つ外したが其れでも暑く、馨と同じ様に上着を脱いだ。
半袖の馨に対し和臣は長袖で、其れは暑いだろうと冷たい目を向けた。二つの軍服を枝に掛け、何か遊ぶ物は無いのかと和臣は聞いた。用も済んだ事で帰れば良いのだが、和臣は今日休みである。暇なのだ。
「そうですねぇ…」
考えたがある訳は無く、馨は首を振った。和臣は詰まらなそうに地面から白詰草を抜き、馨の話を聞き乍ら手を動かした。
時折相槌を打つので話は聞いているのだろうが、其れ依り和臣の手の動きが気になる。
「何を為さっているのですか?」
「んー?」
話を中断させ、和臣の横にちょこんと馨は座り、手元を見ていた。
「中将。」
「はい。」
「躑躅を五本、手折ってくれるか。」
黙々と手を動かし、足元に置かれた躑躅の枝を器用にしならせ、白詰草の枝の間に絡ます。
「其れで?さっきの話は終わったのか?」
「下らない世間話ですので。」
「そうか。」
薄く笑う和臣の横顔は、知らない顔をしていた。懐かしそうな情を漂わせ、優しい目をしている。
和臣の周りから白詰草は無くなり、変わりに手元で違う姿を見せた。
「ほら、やるよ。」
躑躅の大振りと、白詰草の小さな白さ。
「此れは…」
頭に乗る輪っかを馨は指先で触れた。
「似合うな。」
其の笑った優しい顔。
「時恵に昔作ってやってた。俺がやる物は全部嫌う癖に、此れだけは喜んでたよ。俺って時恵には甘いんだ。十年以上も昔なのにしっかりと作り方覚えてるんだもん、笑っちゃう。」
白詰草を見、其の過去を思い出した和臣は作らずには居られ無かった。
「私は、男ですよ…」
笑顔を直視出来ず、馨は俯いた。
「嗚呼、そうそう。時一にも作ってやったんだ。そしたら同じ事云われたよ。」
懐かしいな、と柔らかい笑みは目に寂しさを宿らせた。白詰草と躑躅の冠を乗せる馨の髪を触り、和臣は鼻で笑った。
「加納を見て、時一を思い出したんだな。皮肉屋さん。」
「皮肉屋ではありませんよ。」
「其れは如何かな。」
何時も見る笑みとは違う顔に、馨は言葉が出無かった。
辛いのでは無い。
望んだのだ。
和臣の様な兄が欲しいと。こんな兄が居たら、自分の性格は違っていたに違いない。同じでも、優しさは持てたかも知れない。
黙り込んだ馨に和臣は首を傾げ、馨の頭に手を置くと其の侭立ち上がった。躑躅を数本手折ると、又な、そう云う。
「御気を付けて。」
「嗚呼。」
持った躑躅を振り、機嫌良さそうな足取りで、和臣の姿は消えた。溜息が勝手に漏れ、枝に掛けていた軍服に手を伸ばした。
白に並ぶ、藍色。
丸で明け方の空みたいだと目を細めた。
「……………木島さん…。」
軍人、其れも元帥が、あるまじき事に軍服を忘れている。全く全く、そう呟いた時、後ろで息を乱す和臣の声が聞こえた。
「軍服…忘れた…」
完璧で、可愛くて、間抜けで、優しくて、そんな和臣が兄であれば良かったのに。切に、そう思った。




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