官能的受動態


仏蘭西と伊太利亜の葡萄酒が云々飲み乍ら、側近達と話していた。
「んー…ワインってさぁ…飲んでる時は良いけど、暫くすると舌がおかしくなるよねえ。」
呂律が回っていない訳では無く、僕は元からこういう話し口調。其れがマリファナの所為と云われたら反論は出来ないけれど。
「伊太利亜のワインはさぁ、何でスパークリング?」
「…さあ。」
「好きだけどねぇ。んっふふ。」
グラスを光に当て、側近達と談笑。ワインに飽き、シャンパンに変え様と云ったら、もう御休み下さいと云われた。僕は子供の様に、未だ寝ない眠くない、酒が駄目ならポーカーをし様と駄々を捏ねたが、結局無視された。
側近達は子供をあやす様な口調で挨拶を告げ、僕は寝室に一人になった。
余りの詰まらなさに、ベッドに寝転がりつつワインを飲んだ。此の広いベッドで、僕は一体何日一人で過ごしているだろう。側室が何度か来たけれど、気分が乗らないと追い返した。
今日、今来てくれたら。
酒が血管を這い擦り回る身体は、人肌を求める。
そんな思いが通じたのか、唯単に側近が教えただけか、側室の彼女がドアーを叩いた。遠慮気味に、小鳥が嘴で叩いている様な音。
「王子。ワタクシです。」
慾を知る女性の声は、本当に反則だと思う。妻も今頃、こんな声を他に聞かせて居るんだなと、そう考えたら腹が立った。
こんなに好きなのに。
呟き、空のグラスにワインを注いだ。深紅は、血の滲む嫉妬。
僕の心だ。
「入って如何ぞ。」
ドアーを見ず云い、小さな音を立て開いた。僕は彼女を見る事無く、薄いワイングラスの縁を指で擦る。ぽわんと響く音。
「光栄です。」
「そう。」
彼女は身を屈め挨拶をしたけれど、僕は其れでも彼女を見無かった。グラスの出す音、ワインの振動だけを見ていた。
「王子…?」
「嗚呼、一寸待ってね。今、凄く楽しいから。」
此れを教えてくれたのは妻。
楽しい。
其の楽しい事を、僕以外に教えた。
そう思うと、手はグラスを掴み、僕の意思とは関係無く砕いた。血の様なワインに血が滲む。手から落ちる液体が、血なのかワインなのか、僕には判らなかった。痛くも何とも無い手を眺め、硝子の突き刺さる場所は血を出す。
「王子…御手が…」
彼女は慌ててタオルで血を拭う。
勿体無いと、素直に思った。
「剣が、握れ無くなってしまいます…」
僕が剣を持たなくなったら、陛下は僕を如何するだろう。兄さんの様に、不要品と思うだろうか。とろりと流れる血の轍が、僕に心地良さを教えてくれた。
「舐めて。」
彼女の唇に切れた指先を置いた。圧で一層溢れた血は彼女の白い顎を伝わった。
「っ…」
「王子…」
痛みを伴う快楽。僕の液体を知り尽くす彼女の赤い舌は這い、其れが気持良くて指を奥に押し込んだ。
「は…っ」
ぬるぬると指を這う舌の感覚に僕は少し身を引いた。背中を駆ける快楽は、容易く僕を愛してくれた。
歪んだ僕の顔を見た彼女は指を離し、顎に付いた赤い唾液を拭うと深く身を屈めた。
「愛しておりますわ。」
彼女の舌は、僕の液体を知り過ぎる。特に、そう此の液体は。
其れを愛だと、僕は錯覚している。
赤は僕に嫉妬を教える。
白は僕に醜態を教える。
混ざった今日は、快楽以外の何を教えてくれるのだろう。




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