最悪な行為って?
兎に角暇だった。中尉殿も元帥殿も暇だった。
嫌じゃありませんか、軍隊は。
「大佐中佐少佐は老いぼれでぇ」
「かと云って大尉にゃ妻があるぅ」
「若い少尉さんにゃ金が無いぃ」
暇過ぎて歌っていた。
「「女ぁ泣かせの中尉殿!」」
歌い終わり、龍太郎と拓也は鼻で笑った。
「女泣かせだぜ、龍太郎様よぉ。早く御嬢さんと結婚しろ。」
「御前もな。」
「…おりゃ結婚してるよ。」
「………嗚呼。そうだったな、完全に忘れていた。御前の妻は存在感が無さ過ぎる。」
其れはそうだろう。あったら怖い。
二人が同時に溜息を吐いた其の時、矢張り暇な元帥殿がドアーの処に立っていた。
「暇人ね。」
「木島さんも御暇な様で。」
最悪、と云わんばかりの拓也の溜息。
「遊んでよ。」
つかつかと入って来る元帥殿に、二人以外の部下は敬礼した侭硬直している。ソファに座っていた五十嵐を退かせ、どかりと座る元帥殿。其の振動で、咥えていた煙草から灰が床に落ちる。
「汚すなよ…」
珍しく元帥殿に話し掛けた拓也に龍太郎は眉を上げた。見た目汚い癖に、実は結構綺麗好きだ。龍太郎の部屋は週に一度、部下達が適当に掃除をするだけだが、拓也の部屋は毎朝と帰る時必ず掃除をしている。なので埃等無い。其の部屋に灰を落とした。
「五十嵐…」
「はい。」
名前を呼ばれただけなのに五十嵐は落ちた灰を濡れ雑巾で取った。箒だと灰が拡散する為、落ちた灰はこうしろと云われている。
「序でに其処に座るゴミもな。」
つまり元帥殿。
雑巾を持った侭五十嵐は固まり、龍太郎は笑う。当の元帥殿は理解出来ず座って居る。
「で、暇人共。」
云って真横に灰皿があるのにも関わらず又床に落とした。其れに拓也は机に突っ伏していた顔を上げ、龍太郎を見た。
「だから汚すなっつってんだろう。阿呆。」
「木島さん…灰皿、見えてますよね…?」
机に置かれる灰皿を指す。
「嗚呼…此れ…」
静かに煙草を置き、消した。
元帥殿、何も意地悪で床に落としていた訳では無い。本当に気付か無かっただけだ。
元帥殿、視力が悪いのです。けれど眼鏡は面倒臭いから掛けないのです。机に置かれた灰皿は、唯の硝子細工、若しくは洒落た文鎮にしか見えなかった様です。
新しく元帥殿は煙草を咥え、五十嵐が火を点けた。
「処で井上。」
自分に話し掛けられ、嫌そうに机に突っ伏す。龍太郎の尻を叩き、話し相手を変わらせる。
「何でしょう。」
「…本郷じゃ無いよ。俺は井上に話し掛けたんだ。」
唇を突き出し、威嚇する。元帥殿、矢張り龍太郎が嫌いな様だ。
「何だよ…」
面倒臭いと顎を机に乗せた侭拓也は聞いた。元帥殿はソファから立ち、同じ様に机に顎を付ける。目の前にある元帥殿の顔。明らかに自分の方が老けている。
「肌、綺麗だな。あんた。」
「ん?そうか?」
「女みたく綺麗だ。」
色白絹肌スレンダー美人の元帥殿。横に居る龍太郎、確かに美人だが女には見えない。まあ、そう思って居ても云えば殺されるので云わない。しかし元帥殿は嬉しいのか、えへへと笑う。
「綺麗は最高の褒め言葉だよ。」
「…云わなきゃ良かった…」
拓也と同時に龍太郎は顔を顰めた。綺麗と云われ、何が嬉しいのか。
そんな二人を余所に元帥殿は続ける。
「なあ井上。」
「あー?」
「今迄で一番最低だったセックスって何だ?」
其の言葉に拓也は顔を机から離した。龍太郎は聞きたく無いのか顔を逸らす。其の場から居なくなり、自分の部屋に戻れば良いのだが、暇なので此処に居る。
「最低、ねえ…」
「娼婦限定だぞ?」
「あー?」
煙草を咥え、火を点けず揺らす。
「其れって、前戯から最後迄トータルで?」
「でも良いし、途中経過でも良い。」
普段喋らない寡黙の癖に、何故こんな話では饒舌になるのか。龍太郎は呆れた。
マッチの擦れた臭い。じじっと静かな音がした。
「ねえけど。」
「…嘘だ。」
「マジで。」
「そんな訳あるか。一度位あるだろう。俺はあるぞ。昨日だ。」
別に元帥殿の性活等知りたくない。が、元帥殿は勝手に話す。龍太郎は静かに耳を塞ぎ、離れたソファに座った。五十嵐は、聴覚を鋭くさせた。
「詐欺にあった。も、最低だったよ。」
「…何?料金?」
中尉の自分なら未だしも、元帥殿が其れ位で文句を云うなと拓也は紫煙を吐いた。すると元帥殿は鼻で笑った。
「一等娼館の金額位、痛くも痒くも無いよ。元帥の前に木島の息子だもん。金はあるさぁ。」
「じゃ良いじゃねえかよ。」
何の詐欺にあったんだと聞かれ、元帥殿の愛らしい顔が歪んだ。
「処女の擬装は許せんよな?」
「は?」
娼婦なのだから処女で無いのは当たり前だろうと拓也は呆れた。
「違う。俺は入って来た処女しか相手にしないんだ。向こうだって其れは知ってる。」
なのに、と元帥殿は息を吐いた。
「此れは詐欺だ。冒涜だ。」
「冒涜してんのはあんただろう…」
「処女が好きで何が悪いんだよ。井上は違うのか?」
「違ぇよ…」
元帥殿の性癖に唯々呆れる。何が悪いと聞かれても、其の良さが判らない拓也は何共云えない。
「処女としたいなら其処等辺歩いてる女に声掛けろよ。」
「馬鹿!」
提案したのに馬鹿呼ばわりだ。
「一般人は面倒だろう。」
「…其れは云えてる。」
好きだ何だ云われたく無いが為、二人は娼婦しか相手にしない。最低だと龍太郎は思ったが、敢えて何も云わなかった。拓也の其の気持は判るから。
「あんたが紛いもんの処女に遭おうが知ったこっちゃねえけど、俺、処女嫌い何だよ。」
「…おかしいぞ…」
「俺は優しくないの。気ぃ使ってセックス何てしたくねぇよ。」
「…気を、使うのか…?」
「は…?」
元帥殿は拓也に顔を寄せ、耳元で囁いた。
「…あんた…最低…」
「其れが良い。」
「うわ…一寸、マジで最低だぜ、此の男。寄るな。」
拓也が何を聞かされたかは判らないが、兎に角酷いと云う事だけは、拓也の態度でしっかりと伝わった。
「女はテクニシャンに限…」
云って拓也は口を塞いだ。何か、思い出した様だ。
「あるわ…俺にも…」
まさかそんな訳あるまいと、龍太郎の目が見開いた。娼婦が取り合う程の男に其れがあるのか。
「セックス自体は最高だったんだ。気持が最悪だった。」
罪悪感に苛まれた、と。
「罪悪感…?」
龍太郎は聞いた。
「いや…あれはマジで最悪だったわ…」
「聞かせろ。是非聞かせろ。」
目を輝かす元帥殿。
「俺、気の強い女が好きな訳。」
「…嗚呼、そうだな。」
元帥殿の話には参加しなかった癖に拓也の話には参加した。
「其の娼館ではそいつしか相手にしないって位、気に入ってる娼婦が居る訳。」
「テクニシャンか。」
「ま、其れは置いておいて。」
気に入り、と云う事は大体の性格を把握している。何が嫌で何が好きか、拓也が其の娼婦を気に入ったのは、相手をする気の強い娼婦の中で一番気が強かったから。
「其れを一度…泣かせた…」
其の時の罪悪感を思い出した拓也は机に頭を打ち付け、龍太郎は驚きで口を大きく開けた。
「…普段だろう?」
飄々と云う元帥殿。
「あんたには普段でも、俺には普通じゃねえの!」
珍しく声を荒げる拓也に五十嵐を含む部下は驚きを見せる。
「何を…した…」
「俺にも判んねえよ…いや判るけど。」
思い出せば思い出す程、拓也の溜息は重くなる。
「咥えさせてた訳。」
「何を…?」
「ナニをだよ…」
龍太郎は五十嵐に聞いた。
「ナニを咥えるって何だ。」
「ええっと…其れはですね…尺八と云って…」
説明を受けた龍太郎は羞恥し、汚い物を見る様な目で拓也を見た。
「あのねえ、龍太郎様…普通なの。」
「普通なものか。」
二人のやり取りに元帥殿は笑いを堪えている。
「御前には異常でも俺には普通なの。んで。」
拓也は続ける。其の顔は引き攣りを見せ、視線は明後日を向いている。
「俺、其の時苛々してた訳。どっかの阿呆が銃無くしたから。」
云って五十嵐を見る。
「其の折は本当に…御迷惑を…」
「其の気持の侭会いに行って、話てる内に、まあまあ気分良くなった訳。」
「気分が乗って来たんだな。」
「嗚呼。…何興奮してんの?あんた。」
「良いから続けろ。」
余程酷い事を想像しているのか、元帥殿の顔は満面の笑みだ。
「…向こうが咥え始めて、暫くしても気持良くねえんだ。」
こんな事をしている間に、五十嵐の無くした銃で発砲事件でも起きやしないかと、起きた場合、其の責任は全部自分に来るのかと、其の考えの御蔭で中々反応を示さ無かった。
「気持良くねえなあと思って、頭を強く押さえ付けたんだ。何も考えないでな。」
五十嵐の口から悲鳴が漏れた。
「そしたら豪く奥迄入ったらしくて、泣きながら口を開けて呼吸を繰り返したんだ。在の気の強ぇ女が、泣いて手を離してくれって云ったんだ。」
全部御前の所為だと、五十嵐を睨んだ。其の日以来、気拙さで其の娼婦を相手に出来ない。申し訳無いと五十嵐は深く謝罪した。
「あーあ、超良い女だったのによぉ。」
「本当…済みません…」
「謝って許されるなら軍人は要らねえんだよ。」
何と云う責任のなすり付けであろう。拓也が其の行為を働いたのは自分の責任なのにと龍太郎は五十嵐の肩を叩き、慰めた。
其の中で一人首を傾げる元帥殿。
「…………何処で罪悪感を覚えたの…?」
本当に判らないと肩を上げる。矢張りそう云うかと拓也は背凭れに頭を乗せた。
「あんたやっぱ最悪だわ…」
「元帥…此れは酷いですよ…判りません…?」
「いいや。本郷判る?」
「ええ…判りますよ…拓也の性格を知っている分、尚更…」
次に出た元帥殿の言葉に其の場が凍り付いた。
「普通だろう…?罪悪感って何だよ。何処で感じる。」
盛大に溜息を吐いた拓也は呆れ返った。
「処女に其れを初っ端からさすあんたは最低だって云ってんだよ…元帥殿。」
普通だろうと、何度云っても、誰も頷いてくれなかった。
唯一同意した人間は、其の数年後に会った、初めてが強姦と云う素晴らしい鬼畜さを持った白の修羅だけだった。
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