LIFE


柔らかなスカートが風に揺らぎ、長い髪も又、揺らいでいる。
窓から眺め、揺れるスカートに重ねる様に紫煙を揺らし、溜息を吐いた。
甘い、伝える事は出来ぬ思いと共に。
「拓也。」
「なあに。」
彼女の柔らかい声に、俺は窓から身を乗り出し、近付いて来た彼女に笑い掛けた。
「ほら、梔。」
差し出された梔の甘い芳香が、鼻を突く。官能的で怠惰な、其の芳香。地獄と云う場所があるなら、其処は此の匂いに溢れ返って居る。
「拓也、好きでしょう。」
手渡された梔を見詰め、庭へと姿を消す彼女を感じた為、窺う様に鼻先を花弁に付けた侭斜め向いた。
甘い、目眩がする香りに、頭を振る。
梔が好きな訳では無い。
梔は彼女に似ている。だから、好きに過ぎない。
純白の厚みを帯びた花弁、甘い芳香、直ぐに虫が群がる。俺の梔…。
そう考え、俺は下唇を噛み、壁に掛かっている一輪挿しに活けた。
「あら。」
彼女の声に、俺は視線を動かし、目を開いた。
「龍太。」
「よう。差し入れ。」
彼女に挨拶をし、手に持っていた包みを投げて寄越した。布越しの感覚に眉が上がる。
「なあに。龍太郎ちゃん。」
「…秘密。」
「まあ、酷い。」
彼女は笑い、龍太郎と並び近付き、持っていた包みを素早く奪い取った。
「あら。」
「私と拓也に秘密は無し。」
「一寸、待て。」
云うより早し、彼女は包みを開き、そして固まった。俺は息を吐き、額に手を遣った。渡した本人は厭らしく笑っていた。
「厭らしい。不潔。」
彼女の冷たい視線。
「違う。俺は頼んで無い。龍太が勝手に。」
「ほう。親友の所為にするか。」
「龍太郎ちゃんがこんなの見る訳無いじゃない。厭らしい。」
軽蔑孕んだ視線。彼女は苦笑いし乍ら包みを俺の手に乱暴に置いた。乱らな写実が載る、如何わしい風俗誌を。
「だから、違うって。」
此の如何わしい冊子を使わない訳では無いが、弁解を図る。
「良いのよ。拓也も男の子だし。」
上がる語尾に、嫌な汗が背中を冷やす。
「違う。本当に違うんだって。」
「見苦しいなあ、拓也。」
吊り上がる目尻は窄まり、龍太郎は笑う。其れに無性に腹が立ち、俺は龍太郎を睨んだ。
「大体。」
何処を向いて居るかも判らない視線で云った。
「持って来た此奴を厭らしい目で見る方が先だろう。」
云い乍ら冊子を捲る、一文が目に止まる、釘付けに為って居る事に気付き慌てて首を振った。
「俺は持って来ただけであって、中身は知らん。」
「嘘吐け。」
「嘘な物か。」
「じゃ、何で持ってんだよ。」
視線を逸らし、帰ろうとする龍太郎の肩を掴み、力を入れた。
「見ろ。龍太だって充分厭らしい。」
彼女の切なそうな顔に、何だか、悪い事をしている気分になる。唯、思春期なだけであるのに。

そう、彼女を愛し、姉である彼女を女と見始めた、―――思春期。




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