異変


最近、とてもきつい。
寒く為って来たからだろうと、安直気にも止めず過ごすが、終い我慢出来無く為ると、溜息を吐き、力無く倒れる。そんな私を見て、彼は泣きそうな顔をする。
覚えていない筈なのに。
彼の母、私達の母親は、こうして衰弱して、死んだ。
そう、今の私の様に。
でも。
私が死ぬ等、到底考えられない。彼を一人残して、死ぬ訳が無い。身体の奥から湧く過大な自負。
「ただ今。」
「御帰り為さい。」
「起きなくて、良いよ。」
彼の優しい笑顔に、私は溜息が漏れた。冷たい頬に手を伸ばし、唇を触った。
彼は、全身冷たい。だから、私がこうして、暖めていてあげなければ、彼は、死んで仕舞う。
「寒かったかしら。」
「嗚呼。龍太は死に掛けてた。」
くすりと笑い、私の指にキスをした。
こんなに冷たいのに、人間の体温とは思えないのに、彼は至って普通の顔。暑かろうが寒かろうが、眉一つ動かさない。普段から全く表情が無い。私は、其れが怖い。
けれど、私に触れる時、彼は笑う。
眉も動かす。
怒ったりもする。
彼が人間で居るには、私が必要なのだ。
私も、彼が必要なのだ。
「触って。」
「具合良く無いんだろう。」
「拓也の顔見てたら、元気が出たきたみたい。」
「嬉しいね。」
冷たい唇が、気持良い。熱い私の体温には具合が良い。
「もっと、触って。」
彼は、私の言う事を素直に良く聞く、従う。私が望めば、躊躇い無く人も殺す。彼の中では私達以外の人間等、居ないも同然なのだ。
「何か、熱過ぎないか。」
私の高過ぎる体温に、彼は眉を寄せた。
「そう、かしら。何とも無いけれど。」
「気の所為かな。」
私が笑うと、彼も笑った。
其の、彼の笑った顔が、大好きで仕様が無い。
もっと、見たい。
もっと、もっと。
「拓也。好きよ、愛してるわ。」
「もっと、云って。」
彼は縋る様に私を抱き締め、息を吐いた。
彼の冷たい体に、熱過ぎる私の体は、適温に為る。
伝わる煙草と彼の匂い。
何とも無い、愛しい其の匂いを確認し、唇が重なった時、私は、身体の異変に気が付いた。
彼の、いや、煙草の臭いが不快に感じた。
胃の臓がカッと熱く為り、熱を帯びる。込み上げる熱い液体、喉の奥が、焼ける様に熱く為った瞬間小さく声を漏らした。
其の感覚を理解出来ぬ侭、彼の手に胃液を吐き出した。
「姉さん。」
彼は驚き、背中を摩る。
「大丈夫か。」
「ええ、御免為さい。汚して仕舞ったわ。」
「そんなのは…」
消えそうな声で、彼は呟き、上着を脱いだ。
「最近、体調が悪いよ。一度医者に見て貰ったら?」
彼の提案に、私は首を振った。
「良いのよ。大丈夫。貴方は気にしないで。一寸、煙草の臭いに酔っただけ。」
其の時の彼の顔。
私は、一生忘れはしないと思った。
全ての感情が混ざり合った顔。こんな顔は初めて見た。
「姉さん。まさか。」
彼の考えは、的中した。
然し私は、彼には、黙っていた。
私の存在は、重荷になる。
初めて、彼の傍に居てはいけないと、知った。




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