許されぬ気持ち


彼女の髪を、そっと指の隙間から零す。
漂う梔子の香りに、呆ける。
規則正しい寝息を立てる彼女。其の姿に、心奪われる。
何度こうして、無意味な行動を繰り返しているだろう。
昨日も、其の前の晩も。
同じ事を繰り返し、其れ以降、全く何も出来ない自分。
何故、血が繋がっているのだろう。
何故、違う形で、一緒に居られないのだろう。
何故、何故、何故。
この質問の答えは、何処にも無い。
一生、見付からない。
一生、こうして。見ているだけで終わる。
「姉さん。」
同じ顔をした姉が、愛しくて堪らない。
同じ親の子として生まれた姉が、愛しくて堪らない。
好きで好きで、気が触れそうになる現実。
逸そ、殺してしまおうか。
そうすれば、彼女は、自分の物になる。
微かにベッドを揺らし、彼女の上に被さる。
薄く付けた、自分の唇。
そっと放し、素早く床に座り込む。
初めて知った彼女の唇の感触に、全身が強く脈打ち、熱くなる。
震えた手を口元にやり、感じた水気。
無意識に、泣いていた。
こんな形で、彼女のキスが欲しかった訳じゃない。
好いた者同士がする様な、あの感覚が欲しかった。
こんな事がしたいんじゃない。
「こんなに、好きなのに―。」
泣く程好きなのに。
心臓が壊れそうな程、強く脈打ち、おかしくなりそうだった。
こんな事をしても、彼女の心が手に入る訳ではない。
彼女には、きちんとした、恋人が居る。
其れも判っているのに。血が繋がっているのに。
なのに。
自分も男なのに。
何故彼女の傍に居られる男が、自分じゃないのか。
何故何故何故。
「何で俺じゃないんだ―――。」
其の悔しさと、悲しさで、涙が込み上げて来る。
何度泣いても、現実が変わる訳ではない。
彼女が手に入る訳ではない。
なのに、泣かずには居られない。
自分の意図は反し、勝手に涙が流れ落ちる。
そうして思う。
「生まれてなんか、来なきゃ良かった。」
こんな苦しい思いをするなら、生きたくない。
涙を流して、必死に感情を殺し生きるなら、笑って死にたい。
ゆっくり立ち上がり、彼女を起こさぬ様、静かに家を出る。
暗い。
自分の心も、外も、何処に行っても暗い。
月に誘われる様に、月に向かって歩く。其の姿を、彼が見ていた。
「こんな夜中に、何処に行きなさる。」
聞こえた声に、視線だけ動かす。
背を窓枠に預けた彼の姿を、無視して歩く。
「拓也。」
「煩い。」
「如何した、そんなに泣いて。」
今は誰とも居たくない。其れなのに。
ゆっくりと上がる紫煙。
月に照らされ、紫煙を纏う彼の姿は、月から降りて来た、天女に見えた。
「龍太―。」
足の方向を変え、誘われる様に近付く。
手を伸ばした彼に引き寄せられ、窓越しに、頭を抱き締められた。
「俺は、俺はこんな気持ちが欲しいんじゃない―。」
「うん。」
「恋って、こんなに辛い物なのか。」
だったら、自分は要らない。
恋という物は、楽しくて、仕様が無い物では無いのか。
「姉さんが起きる前に帰れ。其れ迄、存分に付き合ってやる。」


――――許されぬ気持ちを、壊して。




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